きれいごとを言うことで、人から好かれている人に、また引っかかってしまった。
私は聞かれるままに、自分の貧しい生活のことを話したけれど、私がその人の生活のことを聞くと、その人は私との縁を切りました。
そういう狡いところのある人なんじゃないかと、私は疑っていたから、自分のことを正直に話して、試した面もあるのです。
そして、やっぱりそういう人だったので、私はひどく傷ついてしまった。
どうして、世の中には、こんな人が多いのだろう。
病の辛苦の中にありながら、人々に希望を分け与えていたあの人のような人は、
もう本当にどこにもいないんだろうか。

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きょうは、久しぶりに短編の童話を書いたので、ご紹介します。
多くの人が一度は経験したことがあるだろう、野良猫との出会いと別れのメランコリーです。



「黒猫」

どこからまぎれこんだのか、黒猫の子どもが、庭の生垣のたもとに座っていました。
青い目を光らせて、庭に出た私を、じっと見上げているので、何だか少し、気味が悪い気がしました。
「子猫、どこからきたの。帰るところあるの。ここに住み着くつもりなの。」
私は、たわむれに、話しかけてみました。
すると、子猫が言うには、
「見てるだけだよ。」
という事でした。
私は、ちょっとがっかりして、「そう。」と言うと、後ずさりして、ゆっくり縁側に腰掛けました。
「何にもしないの。」
子猫が聞くので、私は、「生垣の、せん定をしようと思うよ。」と答えて、しまったと思いました。
案の定、子猫は、
「じゃあ、さよなら。」
と言って、引きとめる暇もなく、生垣の向こうに行ってしまいました。
私はせん定ばさみを、むなしく開いたり閉じたりしながら、
「前にもこんな事があったのだ。素直に、しばらく一緒にいておくれと頼めばよかったのだ。」
と思いました。

おしまい

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多重録音を用いた、口笛の合奏作品を作ってYouTubeで公開したので、こちらのブログでもご紹介します。
楽器や歌を演奏すると近所迷惑になる環境なので、空気を抜く音だけの口笛、名付けて空口笛(からくちぶえ)を吹いたり、ささやき声で楽器の声まねをしたり、身の回りの物を指や鉛筆で軽く叩いたりして演奏しています。それらを何パターンも録音して、ミキシングで重ね合わせて、ひとつの作品として完成させました。

曲目は、ヨハン・パッヘルベル作曲「カノン」です。かなり有名なメロディなので、聴いたことがあるな、という方も多いのではないでしょうか?

和声やコードの知識が全くないので、合わさった音が心地良い響きかどうかで判断しながら和声を付けています。

映像に用いた絵は、完成した音楽を聴きながらその印象を描いた、自作の水彩画です。絵のタイトルは、『星の誕生』です。



画像まん中の再生ボタンを押して、絵と音楽をお楽しみ下さい。
(ちなみに、口笛とか、楽器の声真似を複数合わせたものって、合奏と呼ぶべきでしょうか。それとも、合唱と呼ぶべきでしょうか。どちらを用いるか、表記方法で、けっこう迷いました。)






深く愛することができなくても大丈夫
愛したいという気持ちさえあれば
あなたは人を愛せる





きょうは、オリキャラのイラストを描いてみたので、ご紹介します。
アニメや漫画などで、ギターや吹奏楽など、西洋楽器をメインテーマにしたストーリーはよく見かけますが、和楽器を用いたストーリーというのはなかなかないので、「けいおん!」のようなほのぼのした路線で、和楽器を主軸にした作品があればいいなと思って、絵にしてみる事にしました。
キャラクターの設定も考えて、絵の下に書き添えたので、絵と照らし合わせながらお楽しみ下さい。


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名前 家具屋竹子 かぐやたけこ
愛称 たけちゃん
年齢 13歳
満月中学校1年生
石川県民

家業は家具屋ではなく魚屋。三人姉妹の次女。
祖母が趣味で日本舞踊の三味線を習っており、赤ん坊の頃から三味線を子守唄代わりに育つ。
幼稚園の頃から見よう見まねで三味線を弾き始め、十歳の時に津軽三味線の高橋竹山のレコードを聴いて感動し、以来津軽三味線の練習にのめり込む。
将来の夢は、津軽三味線世界大会で優勝する事。



赤ん坊は
見るものすべてが新鮮そうで
いいね。

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赤ちゃんは、生まれた後も、骨がまだ完成していないので、継ぎ目に隙間があったり、大人に比べて、骨の数が少なかったりするそうです。
だんだん、成長するにしたがって、すき間が埋まり、骨の数も増えて来るそうです。
赤ちゃんの体の中では、知らないうちに、そんなことが起きていたんですね。
びっくりです。





きょうは、オリジナルのファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、第13章・第4話を書き進めたので、ご紹介します。

前回までのあらすじ
魔法長官スナクフの帽子ベレーズは、ダンケルとマイネに、白い影の正体が三法者の一人ミタマの魔法であることや、サキの両親セイヴァンとニールスエスタと、ミタマとの関係のことなどを話して聞かせました。
はじめはベレーズがだましていたことに怒っていたダンケルも、話を聞くうちに、魔法長官スナクフの深い考えがあってのことだったのだと分かって、ベレーズを許すのでした・・・。


魔法使いサキの物語
第13章・第4話「五日でシンギ半島に渡る方法」

「それで、スナクフ様は僕らにどうしろと?」マイネが聞きました。
「サキ様を探して、私を渡してもらいたいのです。私はスナクフ様からサキ様への言づてを預かっているのです。ただ、今すぐ渡しては、ブランの影響力が強過ぎますから、お二人がサキ様に追いついた時が、最善の頃合いであろうとの事でした。」
「サキはもうナーグリアの交易船に乗って、シンギ半島に渡ってしまったんじゃないかな。僕らだって、帰ろうとしている故郷はシンギ半島にあるんだけど、交易船は二ヶ月しないと戻って来ないし、その間にサキはもっと遠くに行ってしまうよ。」
ベレーズはすかさずマイネに、
「カラブネを作るのです。」と言いました。
「カラブネって何だい。」
「空を飛ぶ舟です。それを用いれば、シンギ半島のギリーニャまで五日で着けます。」
「そんなすごい物、平平の魔法使いの俺たちが作れるかよ。」ダンケルがあきれて言いました。
「作り方は、私がスナクフ様から聞いているので教えます。お二人は私の言う通りに、材料を集めて下さい。」
「ちょっと待て。俺たちは、まだサキを追うとは決めてないぜ。故郷に帰りたいだけなんだ。話を聞くと、サキは相当やっかいな問題に巻き込まれてる。仕官するはずだった魔法庁もなくなったし、俺たちが危険を冒してまでスナクフ様の指示に従う理由はない。」
ダンケルがきっぱりと言うと、ベレーズはあっさり、「そうですね。お二人はスナクフ様の弟子でもありませんから、スナクフ様の指示に従う理由はありません。」と認めました。
そして、
「これはお願いなのです。サキ様がナップにたどり着いて、カン・ソク様を救い出すには、私がスナクフ様から預かった言づてがどうしても必要なのです。私が自力でサキ様のもとへ向かえたらいいのですが、それが無理な以上、信頼できるお二方に、その任をお頼みするほかはないのです。」と言いました。
「勝手な理屈さ。俺たちは、サキに貸しはあっても、借りはこれっぽっちもないんだからな。」
ダンケルがつっぱねると、ベレースは心細そうにマイネを見上げました。
マイネは腰に手を当てて考えていましたが、
「ギリーニャまで五日で着けるなら、サキとの距離は相当縮まるだろうね。僕らは、サキを見つけられるだろうか?」
と聞きました。ベレーズは勢い込んで、
「もちろんでございます。お二人がサキ様を見つけると確信していたからこそ、スナクフ様は私をお二人に委ね、また、カラブネの作り方まで、私に教えておいたのですから。」
と答えました。
「おいおい、僕らって言うなよ。俺はもう降りるぜ。」
ダンケルがマイネに言いました。
マイネは、「スナクフ様からもらった報酬や旅費が、まだたんまり残ってるだろ。それに、どうせ向かう方角は同じなんだし、ベレーズはカラブネの作り方を教えてくれるって言ってるんだから、無事にギリーニャに着けたら、少しくらいサキを探してあげたっていいじゃないか。もし、ギリーニャでサキが見つからなかったら、ダンケルはそこで役目を降りたらいい。僕はサキを探しながら、エレスの師匠のところに向かうよ。」
「お前は律儀すぎるんだよ。」ダンケルはぼやきながらも、
「ナーグリアの北の海から大回りしてシンギ半島に帰る道のりを考えると、本当に五日でギリーニャに着けるなら、有り難いなんてもんじゃないからな。」と、あごを撫でながらしばらく考えたあとで、ベレーズを見おろして、
「よし、サキがあんまり遠くへ行ってない事を祈るんだな。」と言いました。
ベレーズは、
「では、急いでカラブネの材料を集めましょう。」
と、二人を急かすように、左右のつばをパタパタと揺らしました。

つづく

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古い洋楽(ロック)が好きで、よく海外アーティストの70年代のライブコンサートの音源を聴くんですが、欧米で開かれたコンサートの音源と、日本で開かれたコンサートの音源では、決定的に違う部分があります。
日本でのコンサートは、ほぼ例外なく、一曲目から、観客の大部分が手拍子を行ないます。それも、一糸乱れない大音量で。
欧米でのコンサートでは、時おり手拍子が起こることはありますが、それは日本ほど統率されたものではなくて、たいていはひとしきりつづいた後で、次第にまばらになって止んでしまいます。
日本人は手拍子がものすごく好き(もしくは、それが応援になると思っている)らしくて、叩ける曲が続く限り、コンサートの間中、延々と叩こうとします。
それが、多くの日本人のコンサートの楽しみ方なのでしょうが、一方で、プロのミュージシャンが生み出している微妙なリズムやテンポの変化や、彼らが歌や楽器で表現している繊細な響きやニュアンスが、素人ののっぺりとした手拍子によって聴き取りづらくなる、という弊害が生じている事が、録音された音源で聴くとよく分かります。
欧米の聴衆が、なぜ一体になった手拍子を長時間持続的に行わないか。ある日本人が、海外のコンサートの音源を聴いた感想として、「欧米の聴衆の手拍子は不揃いで、リズム感も悪いように感じる。その点、日本の聴衆は多くの人が一体になって正確なリズム感で叩けていて素晴らしい。」とブログに書いていましたが、それは多分、欧米の聴衆が、日本人のように延々とコンサートの間中、(叩きすぎて手が痛くなったなんて事まで言いながら)手を叩き続けるという、演奏に参加する行為を楽しむ方向性とはちがう楽しみ方をしているからだと思います。つまり、欧米の聴衆は、過度の手拍子が音楽のニュアンスを損なう事を知っていて、それよりは、適時声援や指笛を送ることでアーティストを鼓舞するという方法を選んでいるのではないかなと思うのです。
ただ、スウェーデンなど北欧でのライブ音源を聴くと、聴衆がしきりに一体となって手拍子を行なっている様子が聴き取れるので、手拍子を好む傾向は、日本だけではなく、他の地域にもあるようです。
私は、演奏の細部のニュアンスまで聴き取りたいので、イギリスやアメリカを中心とした手拍子にこだわらない聴衆の観覧スタイルが好きです。

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【手拍子と演奏家】




二人の天使がやすらかに
より添っているのは
真っ白ふわふわの
雲の上?
それとも
きれいに咲いた
野ばらの中?
それとも
あなたの
夢みる
心のどこか?


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人は、人生の中で、自分を偽って、道化のような卑屈な態度を演じる事がありますね。
今日は、そういう人の心理について、考察した童話を書いてみたので、ご紹介します。
道化を演じる理由も、様々だと思うので、これはあくまでも一つの例です。

童話というより、小説に近い文体なので、ショートショートに属する作品かも知れません。
この作品は、テキストの下に貼ってあるクラウンの絵を描いているうちに、思い付きました。


道化師の独白

初対面の人と話すとき、私はついまぬけを演じてしまう。
知っていることを知らないふりをし、分かっていることを、分からないふりをする。(卑屈な笑みを浮かべながら。)
すると相手はたいてい、私を見下した態度に変わってしまう。
それで私は、その人に失望し、好かれる努力をするのが面倒くさくなり、無遠慮な態度をとるようになる。
見下した相手から、そんな態度を取られたら、たいていの者は我慢ができない。
そこで縁の切れ目ということになる。
ところが、おかしなことに、道化師の舞台では、このやり方が、一番手っ取り早く大当たりをとる方法なのです。
うそだとお思いなら、明日オペラ座で開かれる私の舞台を、どうぞお見逃しなく。



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【道化師】




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