弱冠十三歳の天才ギタリスト、蒼井鳥夫(あおいとりお)が主人公の小説、『ブルース少年』の、第10話が書けたので、ご紹介します。

どの作品でもそうですが、書きはじめた時は、かなりハイペースで筆が進むんですが、完結に近づくほど、書き進めるのがとても難しく感じられるようになって来ます。
この、“終わりにたどり着く難しさ”は、物語を書くことを趣味にしている人の、共通の悩みではないでしょうか。

今回の『ブルース少年』も、ゴールラインはすでに視界に入って来ているんですが、そこまでたどり着くことのなんと苦しいことか・・・。
でも、ゴールまでたどり着くことができた時の喜びは、マラソンランナーと同じように、とても大きいので、それを励みに、一足ずつ歩みを進めて行きたいと思います。

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ブルース少年

(10)天才少年、友の先生になる

ぼくと新藤は、それから毎日のように、放課後にお互いの楽器を持ち寄っては、学校近くの公園や、通学路の途中にある小川にかかった橋の下に行って、練習を繰り返した。
ブルースの練習仲間ができたのは、すごく嬉しかったのだけれど、困ったのは、ハーモニカの音が、アコースティックギターに比べて響きやすいので、本気を出して吹くと、近所から苦情が出そうなくらい騒々しくなってしまう、という事だった。
そこでぼくらは、話し合ったすえに、ちょっと遠いけれど、三鷹から調布まで自転車で四十分ほど走った先の、多摩川のニケ領宿河原(にかりょうしゅくがわら)という堰(せき)まで行って、しぶきをあげて流れ落ちる滝の音に、楽器や歌の騒音を紛らせながら練習をする、という方法を思い付いた。
これは、試してみると大正解で、ぼく自身、初めて手加減せずに力いっぱい歌を歌い、ギターをかき鳴らすことができたし、新藤の滅茶苦茶な、ただ好き勝手に吹いているだけの演奏で、誰にも顔をしかめさせなくて済んだし、夏場は特に、滝のしぶきが程よい涼しさを土手まで運んで来てくれたので、広々とした緑の多い景色と相まって、とても気持ちが良かった。
ぼくは練習の合間に、一人でチャルメラのメロディを吹きながら、行進の真似ごとをしている新藤に聞いた。
「そういえば、お前はどうして他の楽器じゃなくて、ハーモニカをやろうと思ったんだ?」
新藤は、ぼくのギターのネックのフレットを、一つずつ指さして数えながら、
「ギターとかピアノは、音が多過ぎるんだよ。俺の頭で、全部覚えられると思うか?」
と聞いた。
「やってみなきゃ分かんないよ。」
「分かるよ。俺には、このハーモニカの、穴が十個くらいのが、ちょうどいいんだ。」
そう言って、新藤は唯一全曲通して吹けるチャルメラを、フォー・ビートのスイングするリズムで吹き始めた。
新藤は、確かに暗記力には乏しいけれど、とても魅力的なグルーヴ感を持っている。
だけど、それは今はまだ、宝石の原石みたいなもので、よほど注意して聴かないと、ぼくの感じているような魅力には、誰も気が付かないに違いなかった。
ぼくは以前、新藤に参考にしてもらおうと思って、ハーモニカの演奏が含まれているいろんなジャンルのCDを十枚くらい、プレイヤーと一緒に貸していたことを思い出して、
「気に入った演奏があったか?」と聞いてみた。
でも、新藤は浮かない顔で、
「無かったなぁ。」
と答えた。
貸したCDには、戦前ブルースから、日本のポップスまで、幅広いスタイルのハーモニカ奏者を揃えていたから、誰にも惹かれないのはどういう事だろうと思って、
「お前はどんな演奏が好きなんだ?」
と聞くと、新藤は、
「心に響く演奏が良い。」と言った。
「お前の心に響く演奏って、どういうのだ?」とあらためて聞くと、新藤は「それは聴いてみないと分からない。」と答えたので、ぼくは、途方に暮れてしまった。だけど、音楽の好みって、確かにそういうものなんだよな。
新藤が、楽譜の読み方や教則本の内容が、ちっとも頭に入らないと相談してきたので、ぼくは「それなら、誰かが目の前で、吹き方の手本を示しながら教えないといけないな。」と答えた。
新藤は、ふんふんとうなずいて、
「じゃあそうしてくれ。」
と言った。
ぼくは、新藤のハーモニカの先生を引き受けるなんて、一度も約束してないのだけれど、以前七海にそう吹聴してしまった新藤は、「お前だって、早く俺とブルースを演奏したいだろ。」というかなり強引な理屈を持ち出して、ぼくを楽器屋まで引っぱって行くと、一番安いハーモニカをぼくに買わせて、まず吹き方をぼくに習得させてから、それを自分の目の前で実演させる、という何ともまだるっこしい手法で、ハーモニカの吹き方を覚え込もうとした。
ところが、このおかしな手法が、新藤には最も適した指導法だったようで、(本人いわく、『鳥夫が習得するまでの途中経過を見られるのが、一番参考になるんだ。』とのことだった。)今までのでたらめさがうそのように、フレーズや技巧をとんとん拍子に覚えていって、演奏できるレパートリーも、ごく短い曲から、より演奏時間の長い曲へと、日に日にステップアップして行った。
吹奏楽部の顧問の西野先生から、秋の文化祭の出し物で、吹奏楽部とギターで共演してみないか、という誘いを受けたのは、ちょうどこの頃だった。
「毎年、親御さんに楽しんでもらうために、吹奏楽の定番ではない曲に取り組むようにしているんだけど、ロックとかポップスとか、中学生でも演奏できる、譜面のある曲で、希望の曲があれば、それを演奏するよ。」
との事だったので、ぼくはもちろん、二つ返事でOKした。
B.B.キングの、オーケストラをバックにした演奏と同じような豪華さを、ぼくもいつかは体験してみたいな、と、常々思っていたのだ。
採譜はぼくが、アレンジは西野先生が担当することになって、ぼくは曲目以外の要望として、新藤を演奏に参加させてほしい、と伝えた。
「新藤?あいつ何か楽器をやってるのか?」
西野先生は、普段の新藤のいい加減さを知っているので、あからさまに嫌そうな顔をした。
ぼくは、自分が新藤に楽器を教えている事や、文化祭までには安定した演奏ができるようになりそうだ、ということを話して、ぼくが責任を持つならという条件で、新藤が参加することを認めてもらった。
教室に戻って、そのことを新藤に伝えると、新藤は「いよいよ俺も、スポットライトを浴びる時が来たんだな。」と、妙に気取った言い方をして、さっそく七海に、「大ニュース!」と声をかけて自慢しに行った。こういう気負わない気楽さが、新藤の演奏者としての強みなのかもしれないな、とぼくは思った。
夏休みに入る前に、ぼくは文化祭で用いる曲、B.B.キングの〝スリル・イズ・ゴーン〟の、ギター、ベース、管楽器、打楽器の採譜を完成させて、夏休みの前半は堰での新藤との練習に力を入れ、西野先生のアレンジが仕上がった夏休み後半は、音楽室での吹奏楽部との合奏練習と、堰での練習を並行して行うという、けっこうハードなスケジュールをこなして行った。
やがて、夏休みも終わり、ぼくの準備は万端、新藤もかなり順調で、簡単なアドリブなら随所に入れられるくらいに腕を上げて来ていた。
ぼくはふと、高谷さんにも、ぼくらの演奏を聴きに文化祭に来てもらいたいなと思って、二月に鶏つくね鍋をご馳走になって以来、久しぶりに、連絡を取ってみる事にした。

つづく

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【ニケ領宿河原堰】


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