小学生の天才ギタリスト、蒼井鳥夫(あおい・とりお)が主人公の中編小説、『ブルース少年』の、第六話が書けたので、ご紹介します。

今のところ、十話くらいでの完結を目指しています。
あまり長くなりすぎると、だれて来そうなので、重要な場面だけを書くようにして、文章量を引き締めて行きたいと思います。


-------------------------------------

ブルース少年

(6)天才少年、スタジオ入りする

老人ホームでの演奏会のあと、ぼくは両親に、戸敷さんとのCD作りの話を相談した。
お母さんは、戸敷さんがどこに住んでいて、家族が何人で、何の仕事をしている人か、とぼくに聞いたけど、ぼくが戸敷さんの素性について何にも知らない事が分かると、「一緒に仕事をするなら、そのくらい聞いてからにしなさいよ。」とあきれていた。
お父さんは、動画サイトでぼくらの演奏を観て、インディーズのレコード会社のホームページも確かめてから、「仕事といっても、自主製作、自主販売に近い感じじゃないかな。」と言って、「鳥夫には良い経験だと思うけど、お金のことが一番心配だから、戸敷さんからよく話を聞いた方がいいね。」とも言った。
その夜、戸敷さんから電話があって、お父さんと長いこと話をしていたけど、戸敷さんの方でもレコード会社の人にあらためて条件を問い合わせていたようで、CDの制作費用はレコード会社が負担し、制作にかかった費用を上回る売り上げがあるまでは報酬を支給しないという取り決めになる、という事だった。
それから、戸敷さんが独身で、出身が兵庫県、府中の競馬場で警備員をしていて、歌う時にかりゆしを着ているのは、一時期沖縄に住んでいたことがあって、そこで音楽活動をしていた頃からのトレードマークなのだ、という事も分かった。
お父さんは、いったん家族で話し合ってみますと言って電話を切ると、戸敷さんの素性をお母さんに話して、「いろいろ経験してる、しっかりした人みたいだから、大丈夫だと思うよ。」と、言った。
音楽活動の事は最終的にお父さんが決める、というのが、我が家の習わしだったから、お母さんもしぶしぶ承諾してくれたけど、「ミュージシャンって大雑把な人が多いから、心配だわ。」と、ぼくの耳が痛いことをぼやいていた。
数日後、ぼくはお父さんと戸敷さんに連れられて、中野にあるインディーズの事務所を訪れた。古い雑居ビルの三階に上がると、『サン企画』という社名が書かれたくもりガラスの扉があって、中に入ると、事務員さんが一人、四つある事務机の一つについてパソコンで仕事をしていた。
事務員さんは、「担当者がちょっと席をはずしておりますので、そちらでお待ち下さい。」と言って、ぼくらを間仕切りのされた小さな応接室に案内した。
間もなく、スーツ姿の四十代くらいの男の人がやって来て、「営業とマネジメント担当の佐元です。本日はよろしくお願いします。」と言って、お父さんとぼくに名刺を差し出した。戸敷さんをスカウトしたのもこの人らしく、戸敷さんに、「蒼井君とお二人で来てもらえて良かったです。」と笑顔で声をかけていた。
ぼくはまず、佐元さんに、戸敷さんとの継続的な音楽活動は難しい、という事を話した。すると、佐元さんは、「それは、今の段階では問題ないです。」と言って、
「ネットで話題になった人を売り出す場合、鮮度が大事ですから、ともかく売り物を一枚作って販売して、後の事は、売れ行きや世の中の反響を見て、それから決める、という事で良いと思います。」と説明した。
そして、
「率直に言わせて頂くと、蒼井君が今の時点で小学生、というのがとても重要なんです。プロモートするときに、それが大きなセールスポイントになりますから。蒼井君は今春から中学生という事で、私としてもそうとう焦っています。」と言って、できれば、今日中に中野にあるレコーディングスタジオで録音を行なってほしい、とまで言った。
さすがに、お父さんは笑ったけれど、佐元さんは本気のようなので、ともかく契約書を出してもらって、内容を確認してから、戸敷さんとぼくとお父さんで署名をして、佐元さんの運転するバンで、近所のレコーディングスタジオに連れて行かれる事になった。
車の中で、佐元さんは、社長が坂本九の大ファンで、小学生のぼくが彼の曲を演奏しているのを見て、たいそう感心して、スカウトすることを決めたのだ、という事を話してくれた。
レコーディングスタジオは、アパートのような小ぢんまりとした建物の一室の、パソコンが一台と、機材がスチール棚に並べてあるだけの、ごく普通の住宅のような場所だった。戸敷さんは、「ガラス張りの録音室がある大きなスタジオを想像していた。」と言ったけど、ぼくは以前、お父さんの知り合いのバンドが、やはりインディーズでCDを作るという事になって、こういう場所で録音しているのを見学させてもらったことがあるので、「今は、パソコンで編集ができるし、マイクも高性能になっているから、大きな機材とか録音専用の部屋はいらないみたいですよ。」と教えてあげた。
部屋にはエンジニアのお兄さんが一人いて、彼の指示でまずギターの伴奏から録音することになった。
ヘッドホンで一定のテンポの打音を聴きながら、それに合わせて録音しますか、と聞かれたけれど、それだとつまらない演奏になるので、自分のテンポで演奏しますと言って録音を始めた。
ぼくの録音は、ワンテイクでOKになった。
今度はその伴奏をヘッドホンで聴きながら、戸敷さんが歌声を録音した。
それも、ワンテイクでOK。
この二つの録音を、パソコン上で一つに重ねて、試しに天井のスピーカーから流してもらったら、細部までくっきりした音でぼくのギターと戸敷さんの歌声が聴こえるので、まるでよそ行きの、すました音楽みたいな気恥ずかしさを感じた。
つづいて、シングル二曲目。
これは、戸敷さんの希望で、沖縄民謡の“てぃんさぐぬ花”を録音することにした。
戸敷さんの好きな曲の中に、ぼくが気持ち良く弾けそうな曲があまりないので、選曲に苦労したのだけれど、沖縄民謡は、リズムが平坦なようで、跳ねるような内側からのグルーヴを持っているので、ちょっと誇張して弾けば、自分の好きな感じのリズム感が出せると思って、これに決めた。
ぼくの伴奏は、節ごとにつまずくような、ちょっと乗りにくい演奏にしてみたけれど、それは戸敷さんの歌声と合わさった時の効果を期待してのものだった。
ギターの録音は、やっぱりワンテイクでOKになり、戸敷さんの歌も、一発OKだった。
二つの録音を重ねて聴いてみると、期待した通り、おかし味を感じる効果が出てくれて、お父さんがくすくす笑ってくれたのが嬉しかった。
これで、シングル盤のための録音はすべて終了。
録音からミックスダウンまで、三十分もかからなかったと思う。
それから、録音の合い間に、佐元さんがぼくらの写真を撮ってくれていて、それをシングル盤のジャケット写真に使用するという事だったので、ぼくらのすることはもう無くなって、なんだか物足りないような気持ちで、佐元さんのバンで中野駅まで送ってもらって、家路についた。
三鷹駅でぼくらが降りるとき、戸敷さんがぼくに、「今日はありがとう。蒼井君の伴奏だから、自信を持って歌えたよ。」と言ってくれたのが、その日一番のご褒美だった。

つづく


img2-142c.jpg
【戸敷さんと鳥夫のレコーディング風景】





関連記事
拍手ボタン
コメント:
この記事へのコメント:
コメント:を投稿する
本文:
 
【小説】 ブルース少年 (6)天才少年、スタジオ入りする|Kobitoのお絵描きブログ