ブルースをテーマにした中編小説、『ブルース少年』の、第2話を書き進めたので、ご紹介します。
ロックのギタリストとして早熟な才能に恵まれた小学生鳥夫でしたが、よりマイナーな音楽、戦前ブルースに興味を持つことで、その奥深い世界に次第に魅了されて行くのでした…。


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ブルース少年

(2) 天才少年、ブルースをならう

高谷さんとの練習は、曜日を決めずに週に一回、高谷さんが忙しい時は、まったく会えない週もあった。
本音を言えば、もっと練習を見てもらいたかったけど、高谷さんは好意で教えてくれているのだし、家でも練習はしていたけど、高谷さんの演奏を間近で見ながら練習した方が、明らかに上達が早かったから、教えてもらえるだけでもありがたい、と思わないといけなかった。
これまでの高谷さんとの練習で気が付いたのは、自分の演奏が、けっこうミスが多い、という事。音が抜けたり、変な音が出たりするところが、一曲に一回は必ずある。高谷さんは、ほとんどミスをしない。というより、ミスをしても、なぜだかそれがちっとも目立たない。
そして、これはもっと重要なことだけど、高谷さんの演奏は、聴いているぼくの指が、勝手にひざの上で拍子をとってしまうくらい乗りがいいのに、ぼくのは単純で面白みのない、一本調子なリズムになっているという事。
「日本の音楽とアメリカの音楽は、リズムへの乗り方が違う。これは、単調な拍子に慣れた日本人には習得がとても難しい部分。それも、借り物でない生きたグルーヴ感を身につける必要がある。」
高谷さんは、小学生のぼくにも分かりやすく、一番知りたかった核心部分を教えてくれた。
ぼくには、生まれつきか、これまでの演奏活動の悲しい成果か、すでに日本人らしい単調なリズム感が頭にも体にも染みついていた。ただ、高谷さんのもとで習っていれば、今からでも自分のリズム感をアメリカ音楽が持つリズム感に修正できそうだ、という手ごたえも感じていた。
それはぼくが、高谷さんの教える奏法を、ロックの曲を覚えるのと同じくらい、早いペースで習得することができている、ということから来る自信だった。
やがて、高谷さんから習い始めて四ヶ月が経ち、腕試しがしたくなったぼくは、バンドのメンバーに、またライブでブルースの演奏を披露させてもらえないかと相談した。
みんなはぼくが、有名な高谷さんから習っている事を知っていたので、とりあえず練習の成果を聴かせてみろと言った。
そこでぼくは、高谷さんの持ち歌で、スリー・フィンガー奏法の名曲、『多摩川べりのブルース』を演奏した。
歌は自分でも力不足だと感じたけど、演奏の方はミスもなく、馬車が駆けるような乗りも出せて上手く弾けたと思った。
演奏が終わると、岸田さんが、
「演奏自体は、前より良くなってる。」
と言ったので、ぼくは安心したんだけど、岸田さんは続けて、
「だけど、決定的に間違ってる部分がある。俺らのライブに来てる人たちは、大好きなハードロックを聴きに来ているんであって、大して好きじゃないフォークソングを聴きに来ているんじゃないって事。」と言った。これには、ぼくは一言もなかった。その通りだからだ。
吉田さんも、
「エレキを使ったブルースならぎりぎりセーフだけど、昭和のフォークブームの頃の歌は完全にアウトだな。」
と言った。フォークとブルースの違いはいまいちよく分からないけど、どちらにしても、このバンドでぼくの熱中している音楽を演奏するのは、お客さんにとってあんまり喜ばしいことではないのだ、という事が、ようやく理解できた。
お父さんが、「ブルースでも、曲調によるだろうけどね。」と言って、なぐさめるように、がっかりしているぼくの肩をぽんとたたいた。

つづく
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【ロバート・ジョンソンの真似をする鳥夫】


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