きょうは、新作の短編童話『命の泉』が完成したので、ご紹介します。

北海道の先住民族、アイヌに伝わる神話をテーマにした作品です。

アイヌの神話と言えば、知里幸恵(ちりゆきえ)さんの『アイヌ神謡集』が、決定版として名高いです。
知里さんはアイヌ人で、この本を書き上げた直後に心臓まひでこの世を去りました。1922年9月18日、19歳という若さでした。

私の書いた『命の泉』は、知里さんの著書の中の冒頭で紹介されている神話『梟の神の自ら歌った謡「銀の滴降る降るまわりに」』を下敷きにして創作しています。

知里さんの著作は、アイヌ語の名詞を極力日本語に訳して書かれていますが、私はアイヌ語のユニークな響きを楽しんでもらうために、アイヌ語と日本語訳を併記する形をとっています。

それでは、挿絵と共にどうぞお楽しみ下さい。

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命の泉

アイヌモシリの、深い森の奥には、シクヌプシンスイ(命の泉)という泉が湧いていて、そのほとりには、小さなチセ(かやぶきの家)が立っていて、ごく若い夫婦が、二人きりで、仲むつまじく暮らしていました。
この夫婦は、生まれつき体が不自由で、夫のアシリアイノは耳が聞こえず、妻のアシリレラは目が見えませんでした。
アシリアイノは、泉の魚や泉に集まる動物たちをとったり、森で薪を集めたりして一日を過ごしました。
アシリレラは、サラニプ(あみかご)を編んだり、木の皮で糸をつむいだりして、夫が森や泉から帰って来るのを待ちました。
ある日、コタンコロカムイ(しまふくろう)が、泉のほとりの木にとまって、アシリアイノの漁の様子を見ていると、彼が水に足を浸すやいなや、握った両手を胸にあてて、がたがたとふるえはじめたので、コタンコロカムイは、彼が「もうこんなに冷たい。マタ(冬)が早く廻って来たんだな。」と思っているのが分かりました。
また、別の日に、チセの窓辺の木にとまって、アシリレラの糸をつむぐ様子を見ていると、彼女があかぎれのある指にほっと息を吹きかけて、「もうこんなに寒い。アペオイ(囲炉裏)に火を入れましょう。」と、言っているのが聞こえました。
しばらくして、コタンコロカムイが方々の神々を訪ねて回って、再び夫婦の住むシクヌプシンスイに戻って来てみると、アシリレラは囲炉裏端で、小さな小さな産着を縫っていて、アシリアイノは土間で小さな小さなマタンブシ(はちまき)をかめに浸けて、藍染めにしようとしているところでした。
アシリレラは時々裁縫の手を止めて、
「この子は、耳が聞こえて、目が見える子ですよね。」
と、アシリアイノに話しかけました。
アシリアイノは、それに気が付くと、そのたびに、うんうんと相づちを打ちました。
コタンコロカムイは、その場を飛び去ると、また方々を訪ねて回って、たくさんの神々と話をつけてから、再び夫婦のところに戻って来ました。
チセのそばの木にとまって、窓からうかがうと、囲炉裏端には、小さなかごが置いてあって、中には産着を着た赤ん坊が寝かしてありました。赤ん坊の頭には、藍染めのマタンブシがまいてありました。
アシリアイノとアシリレラは、その子のために、小さな小さなチュプケリ(鮭の皮の靴)を作っていました。
そして、アシリレラが、「ムックリ(口琴)も作ってあげましょうね。」と言うと、アシリアイノは、にっこり笑ってうなずきました。
コタンコロカムイは、それを聞くと、またその場を離れて、今度はずうっと遠くに飛んで行って、方々を訪ね回り、いろいろな神々に会って話をつけてから、長いことかかって、シクヌプシンスイに戻って来ました。
アシリアイノとアシリレラの子どもは、今ではすっかりしっかり者の少年になっていました。
そして、シクヌプシンスイのほとりを元気に跳ねまわっては、ムックリをかき鳴らして遊んでいました。
日暮れ頃に、彼が家に帰ろうとして、ふと見あげると、岩の上に、コタンコロカムイがとまっていて、こちらを静かに見おろしていました。
少年はどきっとしましたが、
「ふくろうの大神様。あなた様はコタン(村落)をお守り下さる方なのに、コタンから離れて暮らす私のような者も見守っていてくださるのですね。本当に有難う御座います。」と、丁寧にあいさつをしました。
家に帰って、コタンコロカムイがいたことを両親に話すと、二人はとても喜んで、元気な子どもを授けて頂いたお礼を、自分たちも直接申しあげたいものだ、と言いました。
その夜、三人の夢の中に、コタンコロカムイが現れて、
「お前たちは昔、身分の高い神であったが、その身分におごって、ずるい行ないを重ねたために、神の国を追われ、今では人間の世界で苦しまなければならなくなっている。だが、その罪も、もうお前たちの善い心がけによってあがなわれている。いや、それ以上の徳を、お前たちは積んでいるのだ。だからお前たちはこれから報われなければならない。」
と言いました。
朝になって、目を覚ました三人は、お互い同じ夢を見たと分かると、抱き合って涙を流して喜びました。
そして、コタンコロカムイのために、祭壇を設けて、そこにイナウ(木彫りの捧げもの)や供物をたくさん飾り、感謝の謡を歌って、繰り返し繰り返し礼拝をしました。
すると、突然イナウがばらばらと砕け落ちて、それらが一粒一粒みんな美しい神の国の宝物になって行きました。
あっけにとられてそれを見ていると、表から大声で呼びかける声が聞こえました。出てみるとコタンに住んでいる夫婦の親類の者が立っていて、
「お前さんたちのことを今まで仲間外れにしてきたが、もし私たちを許してくれるなら、コタンに戻って来て、寂しがっているお前さんたちの両親の近くで暮らしてやってくれないか。」と言うのです。
もちろん、断りなどするはずもありません。夫婦は子どもを連れて以前住んでいたコタンに帰り、そこで立派なチセを三つも作って、夫婦の両親とも、コタンのみんなとも仲良く交流できる、本当に幸福な身の上になれたのです。
それらはすべて、コタンコロカムイのおかげなのです。

おしまい
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