きょうは、ファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、第11章・第8話を公開します。

ちなみに、副題の“谷地”は、やち、と読みます。谷地には、谷あいの土地、という意味と、低湿地、という二つの意味があります。
宮沢賢治の名作童話、『土神ときつね』の中で、この言葉を初めて知りました。(土神ときつねの中では、低湿地という意味で用いられていますが、私の小説では谷あいの地域、という意味で用いています。)

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魔法使いサキの物語 第11章・第8話 『谷地』

ガリリ族の暮らす領地は、コンバ族の領地から、半日ほど馬で南下したところにありました。
木の枝を交差させた骨組みに、アシの葉を分厚く編み込んだ高床式の小さな住居が、寄せ合うように並んでいるのが、ガリリ族の集落でした。
尖った枯れ枝の垣で囲まれた集落の、入り口近くの住居の前で、ブーを下りたタダニが、「キローク!」と、鳥の鳴きまねのような言葉をかけると、住居の中から、「コローク!」と、やはり鳥の声をまねた返事があって、間もなく、青く染めた麻の衣をつけた、タダニと同い年くらいの少女が、入り口から浅黒い顔を出しました。
タダニは、ダンケルとマイネをいぶかしそうに見る少女に、簡単に事情を説明して、
「ベーエナ、おまえの兄さんに、コンバ族のとりなしを頼みたいんだ。会えるだろうか?」と聞きました。
ベーエナという少女は、うつむいて、足をもじもじさせながら、
「丘地のふもとで、サンバロが出たんだ。ウルは五日前からそっちへ行ってる。」と答えました。
「やられたのは旅の人だろう。」
タダニがたずねると、ベーエナはこくりとうなずきました。
ダンケルは、タダニが言葉を継げずに青ざめて立ち尽しているを見て、「だいじょうぶか?」と声をかけて肩を支えました。
タダニの熱病にかかったようなはげしいおののきが、ダンケルにも伝わって来ました。
マイネは、ダンケルと顔を見合わせると、タダニに、「ここから先はぼくらだけで行くよ。君はここで、ウルの帰りを待つといい。」と、言いました。
ところが、タダニは、かぶりを振って、「おれも行くよ。ウルは一度サンバロを追いに出ると、当分戻って来ないし、この先には入り組んだ谷地があるから、お前たちだけでは迷ってしまうと思う。」と言って、マイネやダンケルが留まるように言っても、聞こうとはしませんでした。
タダニはベーエナに、ウルが戻って来たら、コンバ族のとりなしの件を伝えてほしいと頼んでから、マイネたちと共にガリリ族の集落を後にしました。
タダニは道中で、マイネたちに、
「ウルが見張っているおかげで、サンバロは丘地から出て来られない。内陸の部族はみんな、そのことを知っている。だから、ウルの取り決めに、従わない部族はないんだ。」
と、ウルが周辺の部族から一目置かれている理由を説明しました。
「ウルのところに行くつもりじゃないだろうな。」
ダンケルがこわごわたずねると、タダニは、
「まさか。うんと北寄りに進むさ。それに、ここから先の北側の土地には水源がないから、領地を通ってもどの部族もきつくとがめないからね。」と答えました。
馬を進めるうちに、砂や砂利ばかりだった土地は、しだいに赤茶けたごろ石や大きな岩石が目立つようになって来ました。そして、日が暮れかかる頃、タダニは「谷地の入り口だ。」と言って、ゆるやかな傾斜の先に、薄暗い森のようなものが見える場所で、ブーの歩みを止めました。そこで三人は、へとへとに疲れた体を大きな岩の根方に横たえて一夜を明かしました。
翌朝、タダニはまだ薄暗いうちに、ダンケルとマイネを揺り起こすと、干し肉の食事も早々に切り上げて、馬とブーを連れた徒歩で、慌ただしく谷地を下りはじめました。
ダンケルとマイネには、タダニが焦っているのが分かりましたが、その理由を問いただすことは、なぜかためらわれるようで、黙って後について行くことにしました。
谷地は岩でできた森のような、複雑な地形をしていて、たしかに、慣れない者が迷い込むと、目的の方角に抜け出すことも容易ではなさそうでした。
大きな岩の角を曲がると、その先は二間も落ち込んだ断崖だったりするので、馬を連れたダンケルとマイネは、何度もひやりとさせられましたが、タダニは立ち止まって考えたりせずに、すいすいと道を選んで進みました。それが、もともとこの土地に詳しいからなのか、それとも予知の力によるものなのか、ダンケルたちにも分かりませんでしたし、また、それを聞く事を許さないほど、タダニは憑りつかれたように道を選ぶことに集中していました。
そして、少し開けた場所に出た時、タダニは行く手の小高い丘の上に、身をかがめて立つ男の姿を見つけると、「ウル!うしろだ!」といきなり叫びました。
その男の背後には、熊のように大きなきはだ色の獣が、今にも男に飛びかかろうと、身を低くしてしのび寄っている所でした。
男は体勢を崩しながら後ろに飛びのいて、獣に追い落とされる形で、丘の向こうの崖に落ちて姿が見えなくなりました。
獣は少しの間崖下を見下ろしてから、こちらを振り向いて太い牙をむき出しにしてうなりました。
「サ、サ、サ、サンバロだ!」
ダンケルとマイネが同時に叫んで、タダニを抱えると、馬も荷も置いて逃げ出しました。

つづく


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