今日は、新作の中編童話、『本の話』が完成したので、公開します。
デンマークの童話作家アンデルセンが得意とした、“道具に物語らせる”、寓話的な書き方を用いたお話です。
文章的には、小学校高学年くらいから大人まで楽しめる内容だと思います。


---------------------------------------‐


本の話

 あら、おどろいた。
いえ、私が誰かの手に取られたのは、司書の方以外では、二年ぶりくらいなものですからね、心構えができてなかったのですよ。
いえ、ほんとうです。だって、司書の方だって、私を手に取るのは、書棚の整理のときだけだったんですから。うっかり油断していても、仕方がないってものです。
こんな私ですけれど、私を書いた人は、そりゃあ真剣に、情熱を傾けて私を書いたのですよ。
身びいきになりますけれど、私は自分を、彼の一世一代の傑作だと思っているんです。有名な作家どころか、まだ一冊も本を出版した事がない人でしたけど、なにしろ、寝る間も惜しんで、目を赤くしながら、読んだ人に喜ばれたい一心で、丹精を込めて書いたのですからね。
そして、私が本になって、手元に届いたときの、彼のなんと嬉しそうな、誇らしそうな顔だったことか!
また、私が近所の本屋に置いてもらえる事になって、売れているかどうかを確かめに来た彼の、売れていないと分かった時の、その何ともいえない寂しそうな顔!
本屋のご主人は、「世の中には奇特な人が居るから、辛抱さえしていれば、どんな本でも一冊は売れるものだよ。」と言って、彼を励ましていましたよ。
そして、私はとうとうある日、時々自転車で店を訪れる、珍しいものが好きな若い学生さんに買われて行ったのです。
その学生さんは、町外れの下宿に住んでいました。
その人が、私を読んで、どう思ったのか、口に出してくれるわけではないので、私には判りませんでした。
だけど、ともかく夜更かしをしてまで最後まで読んでくれて、読み終えると、他の本が数冊並んだ本棚の隅に、私をしまいました。
その本棚で、私は『時刻表』という本と出会って、すぐに一番の仲良しになりました。その時刻表は、「私は去年作られた本なので、ほんとうならとっくに捨てられるはずなのだけれど、今年の時刻表を学生さんが買って来なかったので、代わりにそのままここに居ることを許されているの。」、と、自分の身の上を話してくれました。私はその赤い列車の写真が載った時刻表の顔がとても好きだったので、「あなたみたいに綺麗な本とお隣同士になれてすごく嬉しいわ。」と言いました。時刻表も、「私も、面白そうな本がお隣に来てくれて、とても嬉しいの。これからお互いの内容を教え合って楽しく過ごしましょうね。」と言ってくれました。
本棚には、他にも大小いろいろな本が集まっていましたが、一番偉いと言われていて、“棚長”という役目を任されていたのは、『参考書』という本と、『辞書』という分厚い本でした。どちらも、学生さんから読まれる事のなくなった私たちと違って、時々学生さんの手に取られて、熱心に読んでもらえていたので、もうすっかりうぬぼれてしまって、ただでさえ肩身の狭い私たちに、「僕らは、毎回難しい仕事をこなして、学生さんの役に立ち、またお前たちのほこりやくもの巣を払う役にも立っている。そこへ行くと、お前たちはどうだい。僕らが仕事を終えて帰って来ると、僕らがいた場所まで幅を利かせてふさいじまうような、なまけ者の恩知らずじゃないか。え、自分たちだって学生さんに読んでもらいたいって?あつかましこと言うね!お呼びがかからないのはひとえに、僕らのような、役に立つ本になるための努力を、日ごろからちっともして来なかったからじゃないか。」なんて、勝手な嫌味をしょっちゅう言うのでした。
そんな時、時刻表は、気落ちした私にこっそり、「私たちだって、作ってくれた人は、世の中の役に立つようにとそりゃあ真剣だったのよ。そして、私たちはきちんと自分の役目を果たしたわ。あの本たちには、それが分からないのよ。」と言って、優しくなぐさめてくれました。
そのうち、学生さんがめでたく学校を卒業して、下宿を引き払って故郷に帰るという事になりました。私たち本は、荷物になるという事で、古紙回収に出される者と、学生さんについて行ける者とに分けられることになりました。
驚いたことは、いつもあんなにいばっていた参考書が、真っ先に古紙回収の束にまとめられたのです。いじめられていた時分には、早くどこかに行ってしまえばいいのにと、あんなに嫌っていたはずなのに、こうやって古紙回収に回されて、言葉もなく、しょんぼりしているのを見ると、本当にかわいそうなものでした。
そして、本棚の中で誰よりも幅を利かせていた、あの太っちょの辞書も、古紙回収の束にまとめられることになりました。学生さんの実家に、他の優秀な辞書がいて、ここの辞書に任せる仕事がない、というのが理由でした。辞書はまだあきらめきれないようすで、しきりに体をくねらせて古紙の束から逃れようとしました。そこで、困った学生さんは、辞書を束の横に置いて、束とは別に収集所へ持って行く事にしました。
それから、私は、あの親切な時刻表が、古紙回収の束に重ねられるのを見ました。
時刻表は、泣いてばかりいる私を見て、
「私たちは、立派に役目を果たしたのです。そして、また新しく世の中の役に立ちに行くのですよ。今までありがとう。あなたはあなたの場所できっと役に立ってくださいね。」
と言って、笑いながらあの綺麗な表紙をぺらぺらと振りました。
本たちがみんな段ボールに入れられたり古紙回収に出されたりして、私がひとり空になった本棚で、心細く横になっていると、学生さんは私をひょいとかばんに入れて、自転車で外に出かけました。
しばらく走って、着いた先の大きな建物の中で、私はかばんから取り出されて、エプロンを着けた女の人に、書類と一緒に渡されました。
そこが図書館というところで、学生さんは私をそこに寄贈したのだという事を知ったのは、私が無数にある本棚の一つの、私とよく似た仲間の本たちと一緒に並べられて、彼らからそれを教えてもらった時です。
そして、私がここに来てから、もう十五年も経とうとしているのです。
あなたが今、手に取っている本が、あなたの手に取られるまでには、こんなに色々ないきさつがあったのですよ。
私はそのことを、あなたに伝えたかったのです。
では、どうぞ私を読んで下さい!





img2-010cs-.jpg




関連記事
拍手ボタン
コメント:
この記事へのコメント:
コメント:を投稿する
本文:
 
【新作童話】 本の話|Kobitoのお絵描きブログ