お早うございます。
きょうは、オリジナルの新作童話『話の種』が書き上がったので、ご紹介しようと思います。
童話の文章としては、中編の長さで、小学校高学年くらいから大人までが、楽しめる内容ではないかと思います。

私は出不精なので、旅などめったにしませんが、空想の中で旅行をするのは大好きで、現実の国の観光名所や、ファンタジーの中の珍しい国々を、心に思い描いては楽しんでいます。

今回は、イタリアのヴェネツィアが舞台のお話ですが、この小路と水路が張り巡らされた小都市は、ファンタジーの要素をふんだんに含んでいる、とても魅力的な街です。

じつは、ヴェネツィアは、グーグルマップのストリートビュー機能で、町の中を見て回ることができるようになっています。
グーグルマップは、私のとっておきの海外旅行の手段です。
色んな国の、いろんな場所が、まるでそこに自分が立っているように見て回ることができるので、ご興味があれば、「Googleマップ」を検索で探して、利用してみて下さい。

それでは、挿絵の下から、物語を始めたいと思います。


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『話の種』


 小さな小箱の話をします。
私が以前、まだ子供だった時に、持っていた不思議な小箱の事です。
中には、米粒くらいの小さなお話が、たくさん入っていました。
どれもごく短くて、ためになって、面白いお話ばかりです。
私はそれを、ヴェネツィアの、細く入り組んだ路地に並んだ、帽子屋や仮面屋やガラス細工屋の中の一つの、店構えからして古そうな、玄関の木戸に円いのぞき窓のある小さな骨董屋で、父から買ってもらったのです。
骨董屋の主人によると、この小箱が作られた頃には、話の種は、千粒以上も入っていたそうです。それが、長い年月をかけて、人手に渡るうちに、少しずつ使われて、今では、百粒くらいになってしまったのだそうです。それでも、まだ百粒も残っているなんて、すごく運が良いな、と思いませんか?どうやら、小箱の持ち主は、いずれも大人で、話の種が減ると、小箱の価値が下がると思って、できるだけ使わないようにしていたらしいのです。
ともあれ、私はこんな珍しい小箱を手に入れて、急に財産家になったような、ずいぶん得意な気分でした。

さて、私たちが買い物を終えて、ホテルに戻ると、部屋の前には、いつものように、ズボン吊りに小粋に腕をからめたルチオが待っていました。
ルチオというのは、父の友人の画家バッジョさんの子供で、私たちがヴェネツィアに到着した日に、バッジョさんの家を訪ねて以来、私のところにしょっちゅう遊びに来るようになった、六歳くらいの男の子でした。私はルチオのがさつさがあまり好きではありませんでしたが、遊びに来てくれるのは嬉しかったので、ルチオの案内で市場やあちこちのせまい路地をぶらついたり、あんまり暑い日は部屋の中でスコーパ(イタリアの伝統的なカードゲーム)などをして遊んでいました。
ルチオは私の上着のポケットのふくらみを目ざとく見つけると、「何を買ったんだ!」と言っていきなり手を突っ込もうとしました。
私はルチオを押しのけて部屋に逃げ込むと、追ってきたルチオから腰に抱き付かれながら、明るい窓辺にあるフランネルのソファまで逃げて、その上に倒れ込みました。
ルチオはうつ伏せになった私に馬乗りになって強引に裏返そうとしました。
伸びた爪で腕を強く引っかかれて、私はたまらず、
「コップに水を注いで来いよ!そしたら見せてやるから。」
と叫びました。
ルチオは洗面所まで走って行って、ガラスのコップに注いだ水をやたらにこぼしながら持ってきました。
私はポケットから例の小箱を取り出して、箱の横手の引き出しを開けると、中から一粒の話の種をつまみ出して、それをルチオが持ったコップの水の中にはじき入れました。
種の周りに炭酸のような細かなあぶくが出て、やがてそのあぶくがはじける音が、こんなことを言っているように聞こえて来ました。
『エジプトのピラミッドが本当は何のために作られたのかをエジプト人が一人も知らないのはおかしい。驚かそうと思って隠しているのじゃないか。』
ルチオも私も、こんなにおかしな話は聞いたことがなかったので、お互いを揺さぶり合って腹がよじれるほど笑いました。
「おい他のも聞かせろよ!」
ルチオにうながされて、私はもう一粒、話の種を取り出すと、笑いをこらえながらコップの水に落としました。
すると、さっきと同じで、種の周りには細かな泡が立って、泡がはじける時にはこんな話がかすかに聞こえて来ました。
『デンマークの学者が国によって猫の言葉が違うのかを調べるためにはるばる日本から三毛猫を取り寄せて自分の飼い猫と話をさせてみたが、言葉が通じたのかは猫同士にしか分からなかった。』
私たちはまたしても、ソファの上を絡まり合って転げながら、笑って笑って笑いました。
ところが、ルチオは私が油断をした隙に、ポケットから小箱を抜き取ると、それを私から取られないように後ろに隠しながら、「いっぺんに水に浸けたら面白いぞ!」と言いました。
私が腕をつかもうとすると、ルチオは身を低くしてかわし、乾いた声でからかうように笑いながら部屋の入り口の方へ駆け出しました。
私はかっとして、ルチオの後を追うと、彼の肩口を強くつかみ、はげしく振り回すように窓辺に連れ戻しました。そして、力が緩んだ彼の手から、小箱をひったくるように奪い取りました。
その時勢い余って、小箱の引き出しがすっぽ抜けて、部屋の開いた窓から外に飛び出しました。
私があわてて窓から顔を出すと、引き出しはくるくると宙を舞って、ホテルのすぐ横の水路に、話の種をばらまきながらゆっくりと落ちて行きました。
百粒の話の種は、水に落ちるやいなや、いっせいにそれぞれ違った話を語り出しました。それはまるで、昼時のリアルト市場のような大変なにぎわいでした。
でも、すぐに騒ぎは小さくなって、二つ三つのお話が聞こえるだけになり、やがて何にも聞こえなくなりました。
たぶん、種がみんな魚の昼ごはんになったのでしょう。
ルチオはこんなに面白い事はないという様子で、部屋中を跳ね回りながら笑い転げました。
私はというと、怒りに身を震わせていて、できればホテルの受付に頼んで警察を呼んでもらおうかとさえ思ったくらいでした。
でも、話の種をみんな魚の昼ごはんにしてしまったなんて、どんなに話の分かる警官でも、信じてはくれないだろうし、ルチオもそれを分かっているから、あんなに心置きなく笑い転げているに違いないのです。
私はルチオの腕をつかんで廊下に連れ出すと、何にも云わずに部屋へ戻って扉をバタンと閉め、鍵をかけました。
締め出されたルチオは、扉の向こうでしきりに私の名前を呼んでいましたが、私が一向に返事をしないと分かると、あきらめて家に帰って行ったようでした。
翌日、父の仕事の都合で、私たちは突然ヴェネツィアから離れなければならなくなりました。
あわただしく旅支度をすませて、部屋を出ると、廊下の壁にもたれて、ルチオがいつものように私を待っていました。私たちの荷物を見て、ルチオはちょっと驚きましたが、私に歩み寄ると、イタリア式のあいさつの頬ずりをして、「チヴェディアーモ。」と言いました。
私は、「チャオ。」とだけ言って、父に続いて足早にホテルを後にしました。
私は、最後にルチオに冷たい態度がとれて、心からせいせいしていたのです。でもそれは、ポケットに手を突っ込んでみて、そこに折りたたまれた薄紙を見つけるまでの間でした。
その薄紙には、あのすっかり失くしたと思っていた話の種が、一粒だけ包まれていたのです。押しつぶされて、扁平になってはいましたが、それはきっとルチオが、水路の岸辺を一心に探し回っているうちに、あやまって踏みつぶしてしまったからに違いないのです。
私は雑踏の中で立ち止まり、ホテルの方を振り返りましたが、船の時刻が迫っていたので、父を見失わないように、すぐに前を向いて歩いて行かなければなりませんでした。
それから、私は日本に帰ってきて、もう何十年も、イタリアを訪れる事はありませんでした。
ルチオは大人になって、舞台美術の仕事で、その筋ではある程度名前が知られるようになりましたが、私たちが連絡を取り合うことは、あれ以来一度もありませんでした。
そして、私は昨日、知り合いの舞台通から、ルチオが亡くなったという事を、知らされたのです。
だから、今日、私は、ずっと大切にしまっていた、ルチオが見つけてくれた話の種の、最後の一粒を、なぐさみに、水に浸けてみる事にしました。
そして、そのなぐさみの結果が、私にこの思い出話を、書こうと思い立たせたのです。
なぜなら、コップの水に浸した話の種には、声の聞こえるあの不思議な細かい泡など、これっぽっちも立ちはしなかったからです。
それもそのはず。よく見れば、それは、イタリアっ子が年越しによく食べる、ただの小粒な、レンズ豆でしかなかったからです。


おしまい


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新作童話 「話の種」 ヴェネツィアが舞台のお話です。|Kobitoのお絵描きブログ