私はこれまでに、童話や小説の短編や長編を、かなりの数、書いてきましたが、未公開の作品で、完成に至らなかったけれど、お気に入りの作品、というのもあります。
それは、『コブリの音楽隊』というタイトルで、三人の小人が、都で開かれるお祭りに参加するために、楽器を持って故郷のコブリ村からはるばる旅をする、というお話です。


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イメージ画はこんな感じで、それぞれの名前、「ゴボー」「メルン」「スカー」は、野菜のゴボウ、メロン、スイカをもじったものです。
ゴボーは笛、メルンはギター、スカーは太鼓を、それぞれ携えています。

十年くらい前に、不思議の国のアリスのような、風刺の効いたコメディとして書きはじめて、おおよその部分は完成したんですが、エンディングの展開で満足できるものが書けずに、四苦八苦した挙句、あきらめて制作を放棄してしまいました。

このお気に入りのキャラクターを、公開できる物語にしてあげられなかったことが、今でも心残りになっています。
そこで、今回は皆さんに、姿だけでも見てもらう事にしました。
いかにも、面白い物語が、展開できそうな顔ぶれでしょう?


(なお、今まで、このブログで公開するイラストは、画像処理ソフトで原画に近くなるように色味を調整していたんですが、たまたま他のパソコンで私のブログを見る機会があり、自宅のパソコンで見た色味とはまるでちがう、鮮やかすぎる色彩になっている事に気が付いたので、今後は色味を調整せずに、スキャンしたままのイラストを公開することにしました。)

アメリカの伝統音楽、ブルースに魅せられた天才中学生ギタリスト、蒼井鳥夫(あおい・とりお)が主人公の小説、『ブルース少年』の、第11話が書き上がったので、ご紹介します。
この小説は、今回の第11話で完結です。

また一つ、作品を完成させることができて、とても嬉しいです。

それでは、さっそく、描き下ろしの挿絵と一緒にお楽しみ下さい。


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ブルース少年
(11)天才少年、師匠を見舞う

その週の初めから終わりにかけて、ぼくは何度も高谷さんの家に電話をかけてみたのだけれど、高谷さんも奥さんもどこかへ出かけているらしく、一度もつながることはなかった。
ぼくはそれが何となく、気になったものだから、日曜日の新藤との練習を取りやめて、電車で立川まで行って、高谷さんのお宅を訪ねてみた。
すると、家の前に、見た事のないオレンジ色のフォルクス・ワーゲンが停まっていて、奥さんが大きな手提げ袋を持って助手席から降りようとしているところだった。ぼくが「お久しぶりです。」とあいさつすると、奥さんは、「あれ、来てくれたん。いま鳥夫君のこと話しよったとこなんよ。」と言って、運転席から降りた、カンカン帽のおしゃれな男の人に、「ほら、これが鳥夫君。お父さんの一番弟子よ。」と、ぼくを紹介した。
その人は、軽く会釈をしながら、「初めまして。高谷公吉の息子の響(ひびき)といいます。」と名乗って、にかっと白い歯を見せて笑った。
高谷さんが、身につけるものに一切構わない人だったので、黒革のジャケットとグリーンのジーンズを着こなした響さんは、何だか全然似てないような気がしたけれど、その繊細そうな笑顔だけは、確かに高谷さんの面影が重なって見えた。
奥さんは、ぼくに家に上がるように勧めながら、「あの人ね、いま入院しとるんよ。」と言った。
ぼくが驚いて、「高谷さん、どこかお悪いんですか?」と聞くと、奥さんは、「お風呂場でのぼせて、気を失ったんよ。たまたま、私がのぞいたから良かったけど、危なかったんよ。」と、その時のことを思い出したらしく、最後の言葉に、少し力を込めて言った。
そして、戸惑うぼくを居間の座卓につかせると、戸棚から急須と湯呑を持って来ながら、
「鳥夫君には、風邪って言っとったけどね、あの人、正月にも倒れて、救急車で運ばれたんよ。」
と打ち明けた。
ぼくが返事もできないでいると、奥さんは、てきぱきと三つの湯呑にお茶を注ぎながら、
「お酒の飲み過ぎで、肝臓が弱っとるのもあるんやけど、もう年なんよ。仕方ないんよ。」
と、ぼくに言い聞かせるように言った。
「昨日まで、上野の病院に入院してたんだけど、母が見舞いに通いやすいように、近くの病院に転院させてもらったんだよ。」
と、響さんが教えてくれた。
ぼくは、高谷さんの居る病院と、病室の部屋番号を聞いて、奥さんから借りたメモ紙に書き込むと、「これからお見舞いに行って来ます。」と、お茶を少し頂いてから席を立った。
響さんが、
「車で送ろうか。」
と言ってくれて、奥さんも、「乗せてってもらい。喜ぶけん。」と言って、響さんと一緒にぼくを送り出した。
車で病院に向かう途中、響さんは、自分がソロのミュージシャンだという事、高谷さんの影響で音楽を始めた事、最初はブルースやフォークを演奏していたけど、それでは人気が出ないので、今はポップス寄りのロックを演奏している事などを話してくれた。
「ぼくがブルースとは別の道に進んだから、父は内心がっかりしただろうな、と思うんだよ。だから、鳥夫君が父にブルースを習いに来てくれて、ぼくも嬉しい。」
響さんは、そう言ってくれたけど、ぼくが高谷さんからギターを習っていたのはほんの半年くらいで、ぼくが自分の都合で連絡をしなくなった間に、高谷さんは体調を崩して大変なことになっていて……。
「父はああ見えて、人付き合いが苦手だから、弟子をとって教えるなんて、本当に珍しいんだよ。」
ぼくは、何か答えなきゃ、と思ったけど、何にも言えなかった。しゃべったら、涙が出そうだった。
やがて、病院に着くと、響さんは、
「ぼくはさっき会ったばかりだから、鳥夫君だけで見舞いに行ってあげなよ。」
と言って、ぼくを正面玄関で降ろして、車を駐車場に停めに行った。
ぼくはメモした病室の番号を、何度も確かめながら、エレベーターに乗って、不安な気持ちで五階の一般病棟にのぼって行った。
高谷さんの病室は、エレベーターを降りてすぐの、ナースセンターの向かい側にあった。ぼくが病室に入ると、入り口近くのベッドに、水色の病衣を着た高谷さんが、点滴の管を腕につけられて、いかにも所在なさげに寝かされていた。
「あれ、いらっしゃい。今日は学校休みか。」
高谷さんは、灰色の髪がぼさぼさに伸びて、それに以前よりもやせていたので、ぼくには最初、本当にこの人が高谷さんなのか、見分けがつかないくらいだった。
でも、優しい声は高谷さんその人だったので、ぼくは、
「今日は日曜です。」
と教えてあげた。
「そうか、病院にいると、日にちや曜日が分からなくなるからな。」
高谷さんは、そう言って、ぼくに部屋のすみの椅子を持って来て、座るように勧めた。
ぼくが、
「具合はどうですか。」
と聞くと、
高谷さんは、悲しそうに笑って、
「死にたくないなら、禁酒だって。情けないね。俺ももう年なんだよ。」
と、奥さんと同じ言葉を、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
ぼくは、何と答えたらいいか分からなくて、うつむいてしまった。それに、高谷さんが、ひとまわり小さくなったような気がして、それが無性に悲しかった。
「なんだ、元気がないじゃないか。お前が入院してるみたいだぞ。」
高谷さんは、ぼくを心配して、神さまみたいにおだやかな声で話しかけてくれた。だから、ぼくはだんだん気持ちが落ち着いてきて、「十一月の文化祭で、吹奏楽部とブルースを演奏することになったので、高谷さんに見に来てもらえたらと思って。」
と、思い付いた事を話した。
「いいね。退院して、歩けるようになったら行くよ。会わない間に、ずいぶんと腕を上げただろうな。顔つきで分かるよ。」
高谷さんが嬉しそうに言うので、ぼくは高谷さんと連絡を取らなくなって以降、ぼくに起きたいろいろな事、戸敷さんとの偶然の出会いで実現した初めてのシングル盤作り、英語の石井先生から頂いた、授業の中でのブルース演奏会の時間、わがままな新藤との、まだるっこしいけれど効果的なハーモニカ練習の方法の事などを、求められるままに話し続けた。
そして、文化祭で演奏する曲目のところまでを話し終えると、高谷さんは
「よかったなあ。鳥夫には、俺よりもいい先生がたくさんいるんだから。」
と言って、満足そうにうなずいた。
そして、しばらく黙り込んでから、
「鳥夫くらい、本物のブルースに迫れる日本人はいないよ。俺は、鳥夫の演奏家としての成長が、本当に待ち遠しいんだ。」
と言った。
ぼくは、高谷さんの期待の大きさを感じて、
「自信がないんです。まだ、真似ばかりしているし。」
と、弱音を吐いた。
「真似かどうかは、一番大切なことじゃないんだ。」
高谷さんは、あの大きな力強い目で、ぼくを見据えた。そして、
「もし、現代に、ロバート・ジョンソンの歌や演奏を、完全に再現できる人が現れたら、おれは何をおいても聴きに行くよ。」
と言った。
ぼくは、それを聞いて、やっぱり高谷さんよりいい先生は、いそうもないな、と思った。
そして、高谷さんに、早く良くなってもらって、ぼくの精いっぱいのブルースを聴いてもらいたいな、と思いながら、
「ぼくもです。」
と胸を張って答えた。



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【B.B.キング愛用のギター、ギブソンES-335】


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あとがき

自分の好きな音楽ジャンルをテーマにした小説を書きたいと、かなり以前から考えていたんですが、具体的なプロットを練っていたわけではなく、ある日ふと気持ちが入って、行き当たりばったりで書き進めた、それが『ブルース少年』という作品です。

書きはじめの勢いで最後まで走り抜こうとしましたが、完成の手前で、少し息切れして筆が滞ってしまいました。でも、最後まで思い入れを込めて書き上げることができたと思います。

文化祭という大きなイベントを目前にして筆をおいたのは、意図的にそうしました。
この小説で書きたかったのは、主人公鳥夫の成功体験ではなく、鳥夫がブルースという音楽を真に自分のものにする、その心の成長の過程だったからです。

今回の成果を、これからの作品作りにまた生かして行きたいと思います。
最後までお読みいただき、まことにありがとうございました。

Kobito


スイングジャズの代表的な女性ボーカリスト、ビリー・ホリディ(Billie Holiday)のイラストを描いてみました。


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画像処理ソフトGIMP2で、鉛筆の描線を少しかすれた感じに加工してあります。
あらゆるジャンルのボーカリストの中で、一番好きな歌手です。
ただ声が綺麗なだけではなく、メロディを崩してうたう洒脱な上手さ、人生の悲喜こもごもを表現する深い精神性、そして何より、持って生まれた自然なスイング感が、聴いていてとても心地良い歌手です。

黒人ですが、公表されている資料はモノクロ写真が多いので、肌の色は紙の白のままにしておくことにしました。

今、彼女の音楽を用いて、知人とカバー曲を作成している所です。(動画には、このイラストも用いる予定です。)
年明けごろに完成しそうなので、このブログでも紹介したいと思っています。



弱冠十三歳の天才ギタリスト、蒼井鳥夫(あおいとりお)が主人公の小説、『ブルース少年』の、第10話が書けたので、ご紹介します。

どの作品でもそうですが、書きはじめた時は、かなりハイペースで筆が進むんですが、完結に近づくほど、書き進めるのがとても難しく感じられるようになって来ます。
この、“終わりにたどり着く難しさ”は、物語を書くことを趣味にしている人の、共通の悩みではないでしょうか。

今回の『ブルース少年』も、ゴールラインはすでに視界に入って来ているんですが、そこまでたどり着くことのなんと苦しいことか・・・。
でも、ゴールまでたどり着くことができた時の喜びは、マラソンランナーと同じように、とても大きいので、それを励みに、一足ずつ歩みを進めて行きたいと思います。

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ブルース少年

(10)天才少年、友の先生になる

ぼくと新藤は、それから毎日のように、放課後にお互いの楽器を持ち寄っては、学校近くの公園や、通学路の途中にある小川にかかった橋の下に行って、練習を繰り返した。
ブルースの練習仲間ができたのは、すごく嬉しかったのだけれど、困ったのは、ハーモニカの音が、アコースティックギターに比べて響きやすいので、本気を出して吹くと、近所から苦情が出そうなくらい騒々しくなってしまう、という事だった。
そこでぼくらは、話し合ったすえに、ちょっと遠いけれど、三鷹から調布まで自転車で四十分ほど走った先の、多摩川のニケ領宿河原(にかりょうしゅくがわら)という堰(せき)まで行って、しぶきをあげて流れ落ちる滝の音に、楽器や歌の騒音を紛らせながら練習をする、という方法を思い付いた。
これは、試してみると大正解で、ぼく自身、初めて手加減せずに力いっぱい歌を歌い、ギターをかき鳴らすことができたし、新藤の滅茶苦茶な、ただ好き勝手に吹いているだけの演奏で、誰にも顔をしかめさせなくて済んだし、夏場は特に、滝のしぶきが程よい涼しさを土手まで運んで来てくれたので、広々とした緑の多い景色と相まって、とても気持ちが良かった。
ぼくは練習の合間に、一人でチャルメラのメロディを吹きながら、行進の真似ごとをしている新藤に聞いた。
「そういえば、お前はどうして他の楽器じゃなくて、ハーモニカをやろうと思ったんだ?」
新藤は、ぼくのギターのネックのフレットを、一つずつ指さして数えながら、
「ギターとかピアノは、音が多過ぎるんだよ。俺の頭で、全部覚えられると思うか?」
「やってみなきゃ分かんないよ。」
「分かるよ。俺には、このハーモニカの、穴が十個くらいのが、ちょうどいいんだ。」
そう言って、新藤は唯一全曲通して吹けるチャルメラを、フォー・ビートのスイングするリズムで吹き始めた。
新藤は、確かに暗記力には乏しいけれど、とても魅力的なグルーヴ感を持っている。
だけど、それは今はまだ、宝石の原石みたいなもので、よほど注意して聴かないと、ぼくの感じているような魅力には、誰も気が付かないに違いなかった。
ぼくは以前、新藤に参考にしてもらおうと思って、ハーモニカの演奏が含まれているいろんなジャンルのCDを十枚くらい、プレイヤーと一緒に貸していたことを思い出して、
「気に入った演奏があったか?」と聞いてみた。
でも、新藤は浮かない顔で、
「無かったなぁ。」
と答えた。
貸したCDには、戦前ブルースから、日本のポップスまで、幅広いスタイルのハーモニカ奏者を揃えていたから、誰にも惹かれないのはどういう事だろうと思って、
「お前はどんな演奏が好きなんだ?」
と聞くと、新藤は、
「心に響く演奏が良い。」と言った。
「お前の心に響く演奏って、どういうのだ?」とあらためて聞くと、新藤は「それは聴いてみないと分からない。」と答えたので、ぼくは、途方に暮れてしまった。だけど、音楽の好みって、確かにそういうものなんだよな。
新藤が、楽譜の読み方や教則本の内容が、ちっとも頭に入らないと相談してきたので、ぼくは「それなら、誰かが目の前で、吹き方の手本を示しながら教えないといけないな。」と答えた。
新藤は、ふんふんとうなずいて、
「じゃあそうしてくれ。」
と言った。
ぼくは、新藤のハーモニカの先生を引き受けるなんて、一度も約束してないのだけれど、以前七海にそう吹聴してしまった新藤は、「お前だって、早く俺とブルースを演奏したいだろ。」というかなり強引な理屈を持ち出して、ぼくを楽器屋まで引っぱって行くと、一番安いハーモニカをぼくに買わせて、まず吹き方をぼくに習得させてから、それを自分の目の前で実演させる、という何ともまだるっこしい手法で、ハーモニカの吹き方を覚え込もうとした。
ところが、このおかしな手法が、新藤には最も適した指導法だったようで、(本人いわく、『鳥夫が習得するまでの途中経過を見られるのが、一番参考になるんだ。』とのことだった。)今までのでたらめさがうそのように、フレーズや技巧をとんとん拍子に覚えていって、演奏できるレパートリーも、ごく短い曲から、より演奏時間の長い曲へと、日に日にステップアップして行った。
吹奏楽部の顧問の西野先生から、秋の文化祭の出し物で、吹奏楽部とギターで共演してみないか、という誘いを受けたのは、ちょうどこの頃だった。
「毎年、親御さんに楽しんでもらうために、吹奏楽の定番ではない曲に取り組むようにしているんだけど、ロックとかポップスとか、中学生でも演奏できる、譜面のある曲で、希望の曲があれば、それを演奏するよ。」
との事だったので、ぼくはもちろん、二つ返事でOKした。
B.B.キングの、オーケストラをバックにした演奏と同じような豪華さを、ぼくもいつかは体験してみたいな、と、常々思っていたのだ。
採譜はぼくが、アレンジは西野先生が担当することになって、ぼくは曲目以外の要望として、新藤を演奏に参加させてほしい、と伝えた。
「新藤?あいつ何か楽器をやってるのか?」
西野先生は、普段の新藤のいい加減さを知っているので、あからさまに嫌そうな顔をした。
ぼくは、自分が新藤に楽器を教えている事や、文化祭までには安定した演奏ができるようになりそうだ、ということを話して、ぼくが責任を持つならという条件で、新藤が参加することを認めてもらった。
教室に戻って、そのことを新藤に伝えると、新藤は「いよいよ俺も、スポットライトを浴びる時が来たんだな。」と、妙に気取った言い方をして、さっそく七海に、「大ニュース!」と声をかけて自慢しに行った。こういう気負わない気楽さが、新藤の演奏者としての強みなのかもしれないな、とぼくは思った。
夏休みに入る前に、ぼくは文化祭で用いる曲、B.B.キングの“スリル・イズ・ゴーン”の、ギター、ベース、ストリング、打楽器の採譜を完成させて、夏休みの前半は堰での新藤との練習に力を入れ、西野先生のアレンジが仕上がった夏休み後半は、音楽室での吹奏楽部との合奏練習と、堰での練習を並行して行うという、けっこうハードなスケジュールをこなして行った。
やがて、夏休みも終わり、ぼくの準備は万端、新藤もかなり順調で、簡単なアドリブなら随所に入れられるくらいに腕を上げて来ていた。
ぼくはふと、高谷さんにも、ぼくらの演奏を聴きに文化祭に来てもらいたいなと思って、二月に鶏つくね鍋をご馳走になって以来、久しぶりに、連絡を取ってみる事にした。

つづく

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【ニケ領宿河原堰】


先日下絵を公開した天使のイラスト、『天使と子犬』の色塗りが完成しました。
湧いてきたイメージの通りに塗ったら、黄色が主体の配色になりました。
ペン入れはタチカワの万年筆・スクールGセピアで行ない、色は色鉛筆で塗っています。

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ほのぼのした童話のワンシーンの雰囲気を出そうと思ったんですが、そんな風に感じられるかな?
子犬と天使の間には、相手に対する信頼がありますね。
お互いに、良い影響を与え合える、そんな関係だと思います。



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