以前下絵を公開した、『ヴァイオリンを持つミーシャ君』のイラストが完成しました。
ヴァイオリンの彩色がほとんどされていませんが、大雑把に色を塗るのが最近の私の好みなので、あえてこの状態で止めてあります。
絵の下のキャラクター設定と合わせて、楽しんでもらえると嬉しいです。


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名前 ミハイル・“ミーシャ”・パナーチェク
性別 男性
年齢 14歳
母国 チェコ共和国

ヴァイオリンが上手で、将来はヴァイオリンの独奏者になりたいと思っている。ただし、あがり症なので、ステージに立つととたんに演奏が下手になる。師事する音楽教師(ミーシャの憧れの女性でもある)が日本の愛媛県の大学で講義をする事になり、あがり症克服のために帯同して来日した。
愛称のミーシャはロシア語で「子熊」の意。





何を美しいと感じるのか



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人によってちがいがあるけど
ちがわないものもあるから
私が美しいと感じたものが
誰かと
分かち合えるものだったらいいな




 チェシャ猫というのは、ルイス・キャロル作の童話『不思議の国のアリス』に登場する、言葉が話せる猫です。
「耳から耳まで届くような」にやにや笑いを浮かべて、自分の姿を自在に消すことができるのが特徴です。


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こんな風に、主人公アリスの前に、たびたび現れて、からかったり、進むべき道のヒントを与えてくれたりします。



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姿を消すときは、こんな感じで、「ニタニタ笑い」だけを残したりするんですが、この絵を見て、何かに似てるな、と思いませんか。
私は先日、夜道を歩いていて、月の上部分が欠けた三日月(下弦の月)を見あげて、「チェシャ猫のニタニタ笑いだけの姿にそっくりだ!」と気が付きました。

作中のチェシャ猫は、室内の場面でも登場するので、三日月そのものを象徴しているのではないと思いますが、木の上でチェシャ猫が「ニタニタ笑いだけ」になった場面は、三日月をイメージしながら書かれたのかもしれないな、と思いました。

ご興味があれば、下弦の月の日、月をじっくり見あげてみて下さい。
ニタニタ笑って、チェシャ猫が、そこに浮かんでいるように、見えませんか?



 きょうは、男子のオリジナルキャラクターイラストを描きはじめたので、その下絵を公開します。
名前はミーシャ君です。チェコ共和国の人です。
ヴァイオリンが上手で、将来はヴァイオリンの独奏者になりたいと思っています。


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楽器を持ったキャラクターが描きたくなったので、フルートか、ヴァイオリンか迷った末に、描き応えのあるヴァイオリンを持たせることにしました。
色塗りを進めながら、もう少し詳しいキャラ設定を考えたいと思います。


 今日は、以前ご紹介したイラスト『わんぱく荘の仲間たち』の、世界観が分かるイラストを、もう一枚描いてみたので、ご紹介します。

『わんぱく荘の仲間たち』を童話にした場合の、ワンシーンを描いたシナリオボードです。




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絵の中には、こんな説明が書いてあります。

“「つまんで食べなければつまみ食いじゃないよ」とウーアが言うので、フーは安心してクリームをなめはじめました。
ホイさんが見つけた時にはケーキの材料はあらかた食べられてしまっていたのです。”


ウーアは食いしん坊の子熊、フーは気の弱い猫、ホイさんはかしこい鶏(にわとり)です。
物語の主人公は、ホェンという女の子です。普段は坂の下の横丁に住んでいて、まいにち、坂の上の洋館『わんぱく荘』で暮らす動物たちの面倒を見に来ます。
ある日、材料を抱えてわんぱく荘に来たホェンは、ケーキを作ると言い出しましたが、材料の一つを買い忘れた事に気が付いたので、坂の下の商店まで買い物に出かけました。
その間に、ウーアとフーは、こんな事をしでかしたわけです。
さてさて、これから、どんなことになるでしょうね。


 絵を描くときに、画板やキャンバスを立てかける三脚を、『イーゼル』といいます。
今日は、そのイーゼルの絵を描いてみました。

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このイーゼルの上に、他の絵の画像を重ねることで、『イーゼルに絵が掛けられている』感じの画像を作ることができます。
このイーゼルの絵は版権フリーの素材として提供するので、気に入られた方はご自由に使用して下さい。(画像をクリックすると大きめの画像が表示されます。)

いずれ、私も自分の『絵』を掛けた画像を作る予定です。


 先日下絵を公開した、織部焼の絵の彩色が完成したので、ご覧下さい。
写真のように写実的な絵ではなく、思い付くままに色を置いて行く感覚的な絵になりました。


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画材: ハガキサイズのネオピコボード(板状のケント紙)、リキテックス(アクリル絵の具)

ごく荒い筆致ですが、自分としては気に入った感じに描けました。
いつもの水彩画のような薄塗りではなく、今回は油彩画のような厚塗りで製作しました。
厚塗りの方が、色の持っている迫力が伝わりやすいようです。

 久しぶりに織部焼(美濃焼)の絵を描きはじめたので、その下絵をご紹介します。

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織部焼は、安土桃山時代の武将、古田織部が考案した焼き物で、現在でも岐阜県に多くの窯元があります。
織部焼の特徴は、大胆にゆがめた形と、子供のように自由奔放な絵付けにあります。
私がこの焼き物に惹かれる理由は、他の焼き物に比べて、『未完成の美』というか、『原初的な美意識の味わい』を強く感じるからです。
未完成といっても、中途半端という意味ではなくて、「個性を持った美は高い水準に達しているけれど、都会的な洗練とは異なる、活き活きとした興奮や即興性を重視したスタイルを持っている」、という事です。

この下絵では、私の好みに近い感じで描けたと思いますが、色塗りをすると平凡な感じになってしまう事が多いので、それを克服できたらいいな、と思っています。


 今日は、新作の中編童話、『本の話』が完成したので、公開します。
デンマークの童話作家アンデルセンが得意とした、“道具に物語らせる”、寓話的な書き方を用いたお話です。
文章的には、小学校高学年くらいから大人まで楽しめる内容だと思います。


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本の話

 あら、おどろいた。
いえ、私が誰かの手に取られたのは、司書の方以外では、二年ぶりくらいなものですからね、心構えができてなかったのですよ。
いえ、ほんとうです。だって、司書の方だって、私を手に取るのは、書棚の整理のときだけだったんですから。うっかり油断していても、仕方がないってものです。
こんな私ですけれど、私を書いた人は、そりゃあ真剣に、情熱を傾けて私を書いたのですよ。
身びいきになりますけれど、私は自分を、彼の一世一代の傑作だと思っているんです。有名な作家どころか、まだ一冊も本を出版した事がない人でしたけど、なにしろ、寝る間も惜しんで、目を赤くしながら、読んだ人に喜ばれたい一心で、丹精を込めて書いたのですからね。
そして、私が本になって、手元に届いたときの、彼のなんと嬉しそうな、誇らしそうな顔だったことか!
また、私が近所の本屋に置いてもらえる事になって、売れているかどうかを確かめに来た彼の、売れていないと分かった時の、その何ともいえない寂しそうな顔!
本屋のご主人は、「世の中には奇特な人が居るから、辛抱さえしていれば、どんな本でも一冊は売れるものだよ。」と言って、彼を励ましていましたよ。
そして、私はとうとうある日、時々自転車で店を訪れる、珍しいものが好きな若い学生さんに買われて行ったのです。
その学生さんは、町外れの下宿に住んでいました。
その人が、私を読んで、どう思ったのか、口に出してくれるわけではないので、私には判りませんでした。
だけど、ともかく夜更かしをしてまで最後まで読んでくれて、読み終えると、他の本が数冊並んだ本棚の隅に、私をしまいました。
その本棚で、私は『時刻表』という本と出会って、すぐに一番の仲良しになりました。その時刻表は、「私は去年作られた本なので、ほんとうならとっくに捨てられるはずなのだけれど、今年の時刻表を学生さんが買って来なかったので、代わりにそのままここに居ることを許されているの。」、と、自分の身の上を話してくれました。私はその赤い列車の写真が載った時刻表の顔がとても好きだったので、「あなたみたいに綺麗な本とお隣同士になれてすごく嬉しいわ。」と言いました。時刻表も、「私も、面白そうな本がお隣に来てくれて、とても嬉しいの。これからお互いの内容を教え合って楽しく過ごしましょうね。」と言ってくれました。
本棚には、他にも大小いろいろな本が集まっていましたが、一番偉いと言われていて、“棚長”という役目を任されていたのは、『参考書』という本と、『辞書』という分厚い本でした。どちらも、学生さんから読まれる事のなくなった私たちと違って、時々学生さんの手に取られて、熱心に読んでもらえていたので、もうすっかりうぬぼれてしまって、ただでさえ肩身の狭い私たちに、「僕らは、毎回難しい仕事をこなして、学生さんの役に立ち、またお前たちのほこりやくもの巣を払う役にも立っている。そこへ行くと、お前たちはどうだい。僕らが仕事を終えて帰って来ると、僕らがいた場所まで幅を利かせてふさいじまうような、なまけ者の恩知らずじゃないか。え、自分たちだって学生さんに読んでもらいたいって?あつかましこと言うね!お呼びがかからないのはひとえに、僕らのような、役に立つ本になるための努力を、日ごろからちっともして来なかったからじゃないか。」なんて、勝手な嫌味をしょっちゅう言うのでした。
そんな時、時刻表は、気落ちした私にこっそり、「私たちだって、作ってくれた人は、世の中の役に立つようにとそりゃあ真剣だったのよ。そして、私たちはきちんと自分の役目を果たしたわ。あの本たちには、それが分からないのよ。」と言って、優しくなぐさめてくれました。
そのうち、学生さんがめでたく学校を卒業して、下宿を引き払って故郷に帰るという事になりました。私たち本は、荷物になるという事で、古紙回収に出される者と、学生さんについて行ける者とに分けられることになりました。
驚いたことは、いつもあんなにいばっていた参考書が、真っ先に古紙回収の束にまとめられたのです。いじめられていた時分には、早くどこかに行ってしまえばいいのにと、あんなに嫌っていたはずなのに、こうやって古紙回収に回されて、言葉もなく、しょんぼりしているのを見ると、本当にかわいそうなものでした。
そして、本棚の中で誰よりも幅を利かせていた、あの太っちょの辞書も、古紙回収の束にまとめられることになりました。学生さんの実家に、他の優秀な辞書がいて、ここの辞書に任せる仕事がない、というのが理由でした。辞書はまだあきらめきれないようすで、しきりに体をくねらせて古紙の束から逃れようとしました。そこで、困った学生さんは、辞書を束の横に置いて、束とは別に収集所へ持って行く事にしました。
それから、私は、あの親切な時刻表が、古紙回収の束に重ねられるのを見ました。
時刻表は、泣いてばかりいる私を見て、
「私たちは、立派に役目を果たしたのです。そして、また新しく世の中の役に立ちに行くのですよ。今までありがとう。あなたはあなたの場所できっと役に立ってくださいね。」
と言って、笑いながらあの綺麗な表紙をぺらぺらと振りました。
本たちがみんな段ボールに入れられたり古紙回収に出されたりして、私がひとり空になった本棚で、心細く横になっていると、学生さんは私をひょいとかばんに入れて、自転車で外に出かけました。
しばらく走って、着いた先の大きな建物の中で、私はかばんから取り出されて、エプロンを着けた女の人に、書類と一緒に渡されました。
そこが図書館というところで、学生さんは私をそこに寄贈したのだという事を知ったのは、私が無数にある本棚の一つの、私とよく似た仲間の本たちと一緒に並べられて、彼らからそれを教えてもらった時です。
そして、私がここに来てから、もう十五年も経とうとしているのです。
あなたが今、手に取っている本が、あなたの手に取られるまでには、こんなに色々ないきさつがあったのですよ。
私はそのことを、あなたに伝えたかったのです。
では、どうぞ私を読んで下さい!





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 きょうは、ファンタジー小説『魔法使いサキの物語』の、第11章・第6話を書いてみたので、公開します。

サキとカイザールにつづいて、ダンケルとマイネも、マヒャライ族の少年タダニの案内で、シェルの荒野を横断する事になりました。
タダニは不思議な予知の力で、ダンケルたちの行く末に危険を感じ取り、より安全な方へ彼らを導こうとします・・・。



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魔法使いサキの物語 第11章・第6話 『タダニの勘』

シェルの内陸部は降雨がほとんどなく、耕作に適さないやせた土地が多いことから、各部族は点在する水場の周囲での牧畜か、水場に集う野生動物を狩猟することを主に生活の手段にしていました。
その水場も、枯れたかと思うと遠く離れた場所で湧いたりと、頼りにならないところがあったので、各部族は水が不足した部族に水を貸し付けたり、場合によっては領地と家畜を交換するなどして、複雑に利害の絡んだ地域関係を維持していました。
シェルを横断する旅行者が内陸部を避けて、沿岸部を通行するのは、こういう部族間の水場の所有権の問題によるところが大きかったのです。
ダンケルとマイネも、その事情を知っていたので、タダニが内陸部へ向かって案内していると知った時、「なぜわざわざやっかいな地域に立ち入るんだい。」と言って、それ以上馬を進めることをためらったのでした。
タダニは、「あんたたちには追手がかかっている。だけどそいつは、おれたちがやっかいな北寄りの道を通るとは思わない。それに、あんたたちはサンバロにも狙われている。サンバロはガリリ族(内陸の部族)の戦士を恐れている。だから丘地(沿岸部)から出てこられない。けっきょくあんたたちは、こちらの道を進む方が安全なのさ。」と言いました。
タダニがかまわずにブーを進めるので、マイネは仕方なく後に続きながら、「君はどうして、魔法が使えないなんて嘘をついたんだい。僕らに追手がかかっている事や、そのサンバロってけだものに狙われているって事は、予知の魔法が使えないと分からないはずじゃないか。」と聞きました。
「魔法じゃないよ。勘だもの。」
タダニがそっけなく答えたので、ダンケルも、
「おいおい、勘だけでそこまで分かっちまったら、お前の兄貴の占星術なんか形無しだぞ。」と言いました。
「兄さんは占星術をやる時に、長いセイ(呪文)を唱える。おれのは、ただ、頭の中でなんとなく分かった気がするだけさ。それは魔法じゃない、勘というものだと兄さんは言ってたぜ。」
タダニがダンケルを確かめるように見たので、ダンケルも、「俺が知る限り、セイを唱えないで操れる魔法なんてないな。」とうなずきました。
タダニはマイネにも顔を向けました。そこでマイネも、「ないだろうね。」と答えましたが、「魔法とは違う力もあると、僕の魔法の先生が言っていたから、もしかしたらそれかも知れない。」とも言いました。
タダニはやはり興味が無さそうに、「おれの勘は、兄さんの占いを手伝っている時に、よく働くんだ。だけど、ふだんはあてにならないから、セイを唱えれば操れる魔法の方が、おれは良いな。」と言いました。
三人はさらに北寄りに進んで、ミバン族の集落に立ち寄りました。
タダニが魔法とは別の力を持っている事を踏まえて、ミバン族の人々を見ていると、彼らはアタジャニの代理としてのタダニを敬っているのではなく、タダニ自身を敬っているのだという事が、マイネにははっきりと判りました。
族長から領地を通る許可を得て、集落を出ると、タダニはマイネとダンケルにこう伝えました。「族長が言うには、昨日、一羽のテイウル(伝書用の鳥)が、西へまっしぐらに飛んで行くのを、狩りに出ていた村の者が見たんだって。」
「フラトの騒動を知らせる伝書だ。」
ダンケルが眉をひそめると、マイネは、
「王命の布告からずいぶん経つから、もう第二報なのかもね。」と言いました。
しばらく荒野を行くと、ミバン族の若者たちが、長い槍をかついで西の方へ歩いているのに出会いました。
彼らは槍で行く手をふさぎましたが、タダニが事情を話すと、「この先に新しく湧いた泉があるが、シャーシ族のものになったから、近づくんじゃないぞ。」と言って、道をあけてくれました。
彼らの忠告にしたがって、さらに北寄りに進んで行くと、やがて南西に、ポツンと一か所だけ青々と草が茂っている個所が見えてきました。目を凝らすと、なるほど、その草地のふちには、弓を持った腰巻き姿の男が、仁王立ちで、こちらの様子をうかがっているのが分かりました。
荒野のまん中での野宿の翌日、三人はシャーシ族の小さな集落へ立ち寄って、族長に領地を通行する許可を求めることにしました。
シャーシ族の集落は、オアシスを取り囲むように作った、尖った石を無数に埋め込んだ土塀の中にありました。タダニが族長と話している間、マイネはダンケルと塀の外で待ちながら、退屈しのぎに笛を吹いていましたが、族長の娘が奥の住居から出てきて、マイネの笛をしきりに欲しがったので、マイネは「これは大事なものだからあげられない。」と断わりました。すると、その返事を伝え聞いた集落の人々が、土塀の外に出てきてマイネを取り囲み、口々に抗議し始めたので、タダニがあわてて間に入って、代わりの品物をさし出すから許してほしいと言って、彼らをとりなしました。
あいにく、マイネはその娘が喜びそうな品を持っていなかったので、ダンケルが自分の管玉(くだたま)の首飾りを外して、娘にさし出すことにしました。
娘がそれを気に入ったので、族長は三人に、領地を通行する許可を出しました。
集落を出た後、タダニはダンケルとマイネに馬を駆けさせながら、
「彼らは笛を取りあげに来るよ。あの娘がそれを族長に命じさせるから。」と言いました。
その日三人は、日が暮れてからも月明かりを頼りに、隣の部族の領地に入るまで、馬とブーを歩ませ続けました。

つづく


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族長の娘に首飾りをさし出すダンケル


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