お早うございます。
今日は、SF(サイエンスフィクション)の短編童話を書いてみたので、ご紹介します。
タイトルは、『科学者とドルジヤ』といいます。
物語の内容は、人と人工知能の立場の違いから起こる悲劇、です。
手塚治虫さんの漫画「鉄腕アトム」の冒頭のストーリーからアイデアを得て書きました。
読んでくれた方の心に、何か響くものがあったらいいな、と思っています。

科学者とドルジヤ

ソ連のソレーニンという科学者が、かわいがっていたライカ犬を事故で亡くしたことを惜しんで、そのライカ犬を模して、精巧な機械の犬を作りました。
ソレーニンはその機械の犬に、ライカ犬と同じドルジヤという名前を付けて、さっそく話しかけました。
「アローアロー、こちらソレーニン、ドルジヤ、わしが分かるかい。」
「アロー、アロー、こちらドルジヤ、あなたはソレーニンさんです。」
「そうとも、お前はいつも、朝起きると真っ先に、何をしていた?」
ドルジヤは玄関に走って行って、新聞受けから新聞をくわえて来ると、ソレーニンに渡して、
「ドルジヤは、毎朝、新聞を取って来て、ソレーニンさんに、渡していました。」と言いました。
「(そうとも、こいつにはドルジヤとの思い出をみんな記憶させてあるんだから、心はすっかりドルジヤと同じはずなんだ。)」
「いいぞ、じゃあドルジヤ、新聞を持ってきた後は、何をしていた?」
ドルジヤは今度はキッチンに走って行って、赤い餌箱を器用にくわえると、ソレーニンのところまで駆け戻って来てから言いました。
「ドルジヤは、自分の餌箱をくわえて、ソレーニンさんに朝ご飯の催促をしていました。」
その時ソレーニンは、ふと気が付いて、けげんそうに眉をひそめると、
「どうして自分の事を、ドルジヤと呼ぶんだい。『私』と呼ぶんだよ。」
と教えました。するとドルジヤは、
「私の言うドルジヤは、私のことではありません。あなたがかつて飼っていたドルジヤの事です。」
と答えたので、ソレーニンはたいそう驚いて、
「いいや、それがお前なんじゃないか、ドルジヤ。そのドルジヤはお前なんだよ。」と言い聞かせましたが、ドルジヤは、
「いいえ、私はこの通り、ソレーニンさんに作ってもらった機械のドルジヤです。私はあなたの知っているドルジヤではありません。私は別のドルジヤです。」と言って聞きませんでした。
「いいや、お前はわしの知っているドルジヤだよ。そういう風に作ったんだから、そう思ってくれなきゃこまる。」
「ソレーニンさんがこまるといっても、私はそのドルジヤではありませんから。」
「この、わからずやめ!」
元来かんしゃく持ちのソレーニンは、すっかり腹を立てて機械のドルジヤを突き飛ばしました。
機械のドルジヤはしょんぼりうなだれて、本物のドルジヤが叱られたときと同じように、寝室のベッドの横に行って、そこにペタリと座り込みました。
その姿が、本物のドルジヤとあんまりそっくりだったので、ソレーニンはなおさらムカムカして、
「本物のドルジヤじゃないならなんだって真似なんかするんだい!」
と尋ねました。
機械のドルジヤは、すっかりおびえた様子で小声で、
「ソレーニンさんがそういう風に作ったからです。」
と答えました。
「よしそんな恨みごとを言うんなら、もうわしはお前をすっかりばらしてしまうから覚悟しろ。」
「とんでもない。そんな覚悟はしません!」
ソレーニンがねじ回しを持ってつかみかかったので、ドルジヤはわきをすり抜けて逃げ出しました。
ドルジヤはさらに玄関から表に逃げ出し、ソレーニンも「自分で作ったとはいえ、逃げ足の早さまでドルジヤそっくりだ!」と悪態をつきながら、肩で息して追いかけました。
ドルジヤは通りを渡って向かいの家の庭に逃げ込もうとしました。
そこで、ソレーニンも通りを渡ろうとしましたが、急にドルジヤが反転して、はげしく吠えながらこちらに向かってきたので、ソレーニンはあんな鉄のかたまりに飛びかかられてはたまらないと思って、「降参だ!ドルジヤ!」と言いながら腕をちぢこませて、二、三歩よろよろ後ずさりしました。
その時、横からブレーキを踏んだ車がけたたましく突っ込んできて、ソレーニンに飛びつこうとしたドルジヤに勢いよくぶっつかって跳ね飛ばしました。
ドルジヤは遠くの地面に叩きつけられて、街路樹のたもとまで転がってからようやく止まりました。
車からあわてて人が降りてきて、「急に飛び出してきて危ないじゃないか!それにしても君の犬をはねてしまった。申し訳ない。いや、待てよ。あれはなんだおもちゃの犬か!」
運転手はドルジヤが、犬の形をした機械なのだと分かると、うろたえたのがばからしくなって笑いました。
ソレーニンは横たわったドルジヤのところに駆けて行くと、そばにひざまずいて、
「お前は、本物のドルジヤのように、わしを助けてしまったんだな。わしが、そういう風にお前を作ったから!」
と言いました。
そうです。ソレーニンのかわいがっていたドルジヤは、自分を追って道路に飛び出したソレーニンを車からかばって、天に召されたのでした。
「わかりません。私はひかれそうなあなたを見て、かわいそうだなと思ったのです。」
ドルジヤはソレーニンを見あげてそう言うと、力なく頭を横たえ、それきり、眠るように動かなくなりました。

おしまい

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 こんにちは。
今日は、「魔法使いサキの物語」の、第11章・第4話を書き進めてみたので、ご紹介します。

現在サキは、西の大国ナーグリアを目指して、フラトの元国境警備団員のカイザールと旅を続けています。

今ほど移動手段が発達していない昔は、徒歩か馬で旅をしていたわけですから、知らない者同士が道中で出会って、しばし“旅の道連れ”になる、ということも、珍しくなかったのではないでしょうか。

そういう、旅の中での巡り合わせを描いた映画を、“ロードムービー”と言います。

サキの物語も、そういう作品の一種として、制作を進めています。


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サキの物語世界の地図。現在までに物語に登場した地名が書き込んであります。(クリックすると拡大できます。)


「魔法使いサキの物語」 第11章・第4話

ワナイの砂漠を抜けると、サキとカイザールは、いくつかの少数部族がそれぞれの領地を治めるシェルの、比較的温厚な部族が暮らす海沿いの地域を通って、ナーグリアの港町サドゥを目指すことにしました。
途中、カイザールは各領地を通行するための身元保証人になってもらうために、旧知の魔法使いが暮らすというマヒャライ族の集落を訪ねましたが、その魔法使いは不在で、かわりに十二、三歳くらいのタダニという弟が、途中まで二人について来て、身元保証人を引き受けてくれることになりました。
タダニは、魔法が使えないとの事でしたが、兄に習って毎日練習をしているから、もうじき使えるようになるんだ、と、得意そうにサキに話しました。
「兄さんは占星術で自分に悪い相が出たので、アンバリ族のシャーマンに厄払いを受けに行ったよ。」
タダニの説明を聞いて、サキが「どうして別の部族のシャーマンに厄払いをしてもらうの?」と聞くと、少年は、当たり前だと言うように肩をすくめて、「そのシャーマンが流行ってるからさ。」と言いました。
サキは、ブーというロバのような動物に乗って馬の横をついて来るタダニに、フラトで魔法使い追放の王命が発せられたことを話して聞かせました。タダニはその事件の重大さがよく分からないようでしたが、「間もなく、大勢の魔法使いが、シェルに逃れて来ると思うわ。」とサキが言うと、空を向いてかん高い叫び声をあげてから、「やあ、そいつは見ものだな!」と言いました。
サキは拍子抜けしてしまいましたが、カイザールは、「彼らは支配者を持たない部族なんだ。俺たちがそれに翻弄(ほんろう)されなければならない理屈が理解できないのさ。」と説明しました。
タダニが同行してくれたおかけで、隣接するカダン族の集落も、ニバタ族のニャーク(アルパカに似た乳と毛をとるための家畜)の放牧地の牧夫たちも、友好的にサキたちを通してくれました。それというのも、タダニの兄の占星術で、周囲の部族は降雨や干ばつを予知してもらったり、結婚式にふさわしい星のもとにある日取りを見立ててもらったりしていたからです。
「あなたのお兄さんってすごい人なのね。一度お会いしてみたかったわ。」
サキが感心すると、タダニは自分が褒められたみたいにニタニタして、
「うん、会えてたら、あんた達がこれからどっちの道へ進めばツキが回るのかも、占ってもらえたんだぜ。」と言いました。
サキたちはそれから、小さなはげ山の峠を三つほど越えて、野宿を挟みながらさらにいくつかの部族の集落を通り過ぎ、マヒャライ族の集落を出てからおよそ三日で、ナーグリアの東の国境にほど近い、赤土の街道がか細く始まる広々としたセラ原(丈の低いかやのような草原)にたどり着きました。
するとタダニは、街道の端でブーを止めて、「ここから先はおっかないところだから、俺は行かない。」
と言いました。
サキは馬から降りると、タダニと握手をして、
「ありがとう。またいつか会いましょう。」
と言いました。
カイザールも馬から降りて、タダニに歩み寄ると、
「遠くまですまなかったな。これはお礼だ。」と言って、タダニに金貨の入った革袋を握らせました。
タダニは、まだ何か言いたそうに、二人の顔を交互に見つめていましたが、やがて肩をすくめてため息をつくと、「じゃあな。」と言って、ブーの首をめぐらせてもと来た道を戻りはじめました。
二人も馬に乗って、赤土の街道を進もうとしましたが、その時、タダニがブーを止めて大きな声で、
「きっと、あんた達もおっかない目に合うよ。進もうとしてた道はことごとく閉ざされちまうだろうよ。だけど、なんでもないんだ。迷いに迷ってやっと見つけ出した道が、あんたたちのいちばん良い道になるんだから。」
と叫びました。
サキははっとしてふりかえると、「ありがとう!」と言いましたが、タダニはもうずぅっと向こうのセラ原を、逃げるように背を丸くして、わき目もふらずに走り去ってしまいました。

つづく

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ブーに乗ったタダニ




「曇りの日
 波との対話」

君は
あんまりおだやかじゃないか
ぼくが こんなに苦しんでるのに!
そんなことは
私には関係ないのです
また
関係ないから
人は
私を見に
わざわざひまをみて来るのです
あなたも その口でしょう?
そうさ
だけど、 今日の
君はあんまり
おだやかすぎるよ。




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 今日は、出先でよく見かける愛想の良い猫の写真を撮ってみたので、ご紹介します。


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いつも同じ場所に遊びに来ている、丸々と太った猫です。
首輪をしていないので、野良猫かなと思いますが、毛並みがよくて、なかなか可愛らしい容姿をしています。



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私が通りかかると、「ふに゛ゃ~。」と言いながらどこからか現れて、足元でコテンと横になり、ごろごろと転がって、構ってもらおうとアピールします。


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この日は、緑がかった瞳の色ですが、普段は明るく輝くような水色をしていて、思わず見入ってしまいます。
とても気のいい、ちょっぴりさびしがり屋の猫です。

 きょうは、面白そうな絵本のアイデアを思い付いたので、その構想をご紹介します。
ストーリーの書き方についてではなくて、絵本の製本に関するアイデアです。

以前から、絵本の製本の形が四角形しかない事に物足りなさを感じていたので、もっと自由な本の形があっても良いと思って考案しました。


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たぶん、こういう複雑な形にすると、製作費がかさむから、四角な本が主流なのだろうと思いますが、技術の進歩でこういう加工が容易になってくれば、本屋にいろんな形の本が並ぶのが当たり前、という時代にもなって来るのだろうと思います。
なお、『厚紙のパーツを貼り合わせて一枚のページを作る』という趣旨のことを書いてありますが、それは製本時の断裁をできるだけ簡単にするためなので、1回の断裁で細かい部分まで切り抜けるのであれば、1ページを複数のパーツに分割する必要はありません。

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この本は、森の中の動植物を観察する、という内容を想定しているので、本全体が小さな森のような形になっています。
(分かりやすくするために、ページのふちを黒の線で囲んでありますが、実際は各ページの内側も幹や枝葉以外の部分が切り抜いてあります。)
もちろん、森の形だけでなく、本のテーマごとに、動物の形や、キャラクターの形、乗り物の形など、子供が喜びそうな形にすれば、当人はもちろん、親御さんにも本屋で興味を持って手に取ってもらえるのではないでしょうか。

自由な形の本の難点は、本棚に収納する際に他の本と整列させるのが難しい、という点と、ふちの凹凸がぶつかるなどして傷みやすい、という点です。

この問題を解決するには、表紙と裏表紙だけ一般的な本と同じ四角形にして、その中に凹凸のあるページを収める、という手があります。これなら、配送や書店での取り扱いも通常の本と同様に行なえますし、なにより、『四角い表紙の中に複雑な形のページが収められている』というのは、美的にも好ましい効果を発揮するのではないかなと思います。

さて、こんな絵本が本屋で売られていたら、あなたは欲しいな~、買いたいな~と思いますか?

拍手ボタン
 近所のスーパーで買い物をしていると、生花のコーナーに、見た事のない、とてもかわいらしい植物がならべてあったので、ちょっと迷った末に購入しました。
スズランエリカという品種で、2月から4月が開花期の、アフリカ原産の植物なのだそうです。


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小さな鈴のような壺のような、まぶしいくらいの純白の花が、肉厚な細かい葉でおおわれた細い枝に、ぶら下がるようにたくさん咲いています。花びらが薄くて少し透き通っているので、まるで雪が積もっているようにも見えます。


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近くで見ると、小さいのにとても凝った形の花だと分かります。つやがあって、さわると意外と固くてしっかりしています。丸い花を下から覗くと、風鈴の芯のような茶色のしべが見えます。
アフリカでこの花が咲くと、雪のない地域でも、雪が積もったのとそっくりな景色を楽しむことができそうです。





 きょうは、YouTube仲間と、ボブ・ディランの名曲、「ライク・ア・ローリング・ストーン」をカバーしたので、その動画をご紹介します。
歌詞の内容は、豊かな暮らしから一転して落ちぶれた人に、恵まれていた頃のおごり高ぶった心や差別心を指摘して諭す、といった感じです。

今回の共作は、4人の参加者で制作しました。
私は、鈴の演奏と、日本語歌詞と、イラストと、ムービー編集を担当しました。

画像中央の再生ボタンを押してお楽しみ下さい。






 お久しぶりです。今日は、童話『アンチャンの小人たち』の、第15話を書き進めてみたので、ご紹介します。
『アンチャンの小人たち』は、この15話で完結です。
最終話はとても長い文章になりましたが、一気に読んでしまった方が良いと思って、あえて二話に分割する事はしませんでした。
それでは、さっそく、描き下ろしの挿絵と一緒に、物語をお楽しみ下さい。


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アンチャンの小人たち 第15話(最終話)


そのころスッカラン村では、アンチャン村の冒険者たちを歓迎するために、子供も大人も勢ぞろいでお祝いの準備におおわらわでした。
土手の坂にある村なので、お祭りなどを催す時は、みんな村のまん中の、突き出た平らな大岩の上に、集まることにしていました。村人たちは、坂に掘ったほら穴の家から、椅子やテーブルをそれぞれ持ち寄って、お祝いの会場を整えて行きました。そして、テーブルの中央には、スミレやハコベやオドリコソウの花をにぎやかに飾って、そのまわりに、貝がらのお皿に盛られたメダカの香草蒸しや、いろんな木の実のお団子、アワのお餅入りのスープ、それにホトケノザの蜜と木いちごで作ったジャムや、パンみたいに切り分けられた柔らかいキノコなどを、ところせましと並べて行きました。
そこへ、アシホさんに案内されて、アンチャン村の子供たちが到着したので、村人たちはわっといっせいに拍手して駆け寄りました。
村長のクンダリさんが、みんなの前に進み出て、うやうやしく一礼すると、「スッカラン村へようこそおいで下さった!それも、ものすごい冒険談を持って来て下さったそうで、一同感謝にたえんじゃ!」と言いました。
アンチャン村の子供たちも、かしこまって思い思いにあいさつしましたが、みんないっぺんに話したものですから、村長さんには何と言っているのか、ちっとも聞き取れませんでした。それで、村長さんはあいまいにうなずきながら、「あいさつはこのくらいにして、お祝いをはじめようじゃないか!」と言いました。
村の人たちが、アンチャン村の子供たちの手を取って、宴会の席へ案内しました。川下りの旅に出てから、冒険続きで何にも食べられなかった事を思い出したムスビは、できたてのご馳走の数々を見て、「スッカラン村がなくなっていなくて、本当に良かった!」と思わず大声で叫びました。
村の人たちも席に着くと、クンダリさんは、「さっそくじゃが、食べながらで構わんので、冒険談をきかせてもらえるかの。それを聞いてしまわんことには、わしは気になって気になって、食事ものどを通らんのじゃ!」
と言いました。
村の人たちも、口々に、「そうだ、そうだ!」と叫びました。みんな、ケラから聞いていて、アンチャン村の小人たちが、まれに見る大冒険のすえにスッカラン村にたどり着いた、というところまでは知っていました。けれど、そのまれに見る大冒険、というものが、いったいどんな内容なのかまでは知らなかったので、残らずすっかり聞いてしまわない事には、もう、居ても立っても居られない、といった様子なのでした。
そこで、アンチャン村の小人たちは、代わる代わる食事をご馳走になりながら、川下りをはじめて間もなく小さな渦につかまった事や、鯉のしっぽで空に跳ね上げられた事、最初の舟が沈没しかけて、すんでのところで無人島にたどり着いた事などを、身振り手振りを交えながら話しました。
スッカラン村のみんなは、もう食べる事さえ忘れて、ぽかんと口を開けたまま、肩を寄せ合って話に聞き入っていました。
そして、無人島で新しい舟を見つけたケラが、風のいたずらで、舟にぶらさがったまま空に飛ばされそうになったくだりでは、まるで自分たちがそんな目にあっているように、「ひやー!」といっせいに声をあげました。
さらに、荒れ狂う魚道の急流をくぐり抜けて、とうとうレンガ道でケラを探し当てて、五人そろって新しいスッカラン村にたどり着くことができた、というところまでを話し終えると、みんなはやっとひと息ついて、ぐったり椅子にもたれかかり、深々と深呼吸をして、「無人島に流されたときには、もうだめかと思ったな!」とか、「さいしょのマールマールで、わしはすっかりあきらめてたよ!」などと、感心しきりで語り合いました。そしてその騒ぎがおさまると、みんなは、「もう一回聞かせておくれ!」と、机やお皿をドンチャン叩きながら、声をそろえて何回も何回も言うのでした。
ですから、アンチャン村の子供たちは、同じ話を三回も、繰り返しスッカラン村の小人たちに、話して聞かせなければなりませんでした。
やがて、三回目の冒険談を語り終えて、ムスビがきっぱり、「おしまい。」と言うと、村人たちはようやく満足したようすで、小さな冒険者たちに、さかんな拍手や、「メンボー!」という、かっさいの言葉を、割れんばかりに送りました。クンダリさんも立ち上がって、「いやはや、この上なくすばらしい冒険談をご馳走になったじゃ。そして、おまえさん方も、わしらが腕によりをかけた、心づくしのご馳走をたらふく食べて、すっかり大満足と言ったところじゃ。そこでじゃ、今から歌と踊りと、とりわけゆかいな音楽で、腹ごなしをしたいと思うが、ご都合はいかがじゃな?」と提案しました。
もちろん、アンチャン村の子供たちも反対なわけがありません。
「さあこれを使うんだよ。」
アシホさんがウタオに、栗の実の皮で作った、ポロンにそっくりなモロンという楽器を貸してくれたので、ウタオは大喜びで、歌い手のツキヨといっしょに、スッカラン村の楽手たちが座る小枝の長椅子に加わりました。
「ぽいぽぽいぽい!」
アシホさんの掛け声で、息の合ったさわがしい演奏が始まりました。さわがしいといっても、人間にとっては、せいぜい小さなかねたたきの合奏くらいでしたが、小人たちはその時々の気持ちを音楽にするのがとても上手なので、こんな風にうれしい日に奏でるなら、踊りの大好きな小人はもちろん、はずかしがり屋の小人も、おすまし屋の小人も、のんびり屋の小人も、つられて踊り出さずにはいられないくらい、むやみに面白い演奏になるのでした。
やがて、小枝の上に立ったツキヨが、一番星のかがやく藍(あい)色の夕空を見上げて、鈴のように澄んだいい声で、こんな歌を歌いはじめました。

『大きなもののかえりみぬ
野の片隅(かたすみ)に
蘇(よみがえ)りぬ
うつくしや
うつくしや
小さきものの造る郷(さと)!』

ウタオがモロンを爪弾いて、ツキヨの歌声をきれいに飾ったので、みんなは、「ぽいぽぽい!」とか「メンボー!」とか、感に堪(た)えないといった合いの手を、しきりに入れました。
音楽や踊りは、川向こうから顔を出したまんまるな月明かりに照らされて、ますます陽気に、ますますさかんになって行きました。
やがて、夜が更けて、空に大小のきら星がまたたき出すと、眠たくなったケラは、踊りの輪から少し離れた、静かな木陰に行って、木の枝に腰かけて、大きなあくびを一つやりました。
すると、ケラよりも小さな子供たちが、三、四人集まってきて、ケラの前に並んで座りました。
「さあ、いい子はもう寝なきゃいけない時間じゃないの。」
ケラは自分のお母さんのまねをして、子供たちに言い聞かせました。
ところが子供たちは、
「眠る前に、もう一度、お空を飛んだお話をして!」
と、競うようにケラにせがみました。
ケラはふんふんとうなずくと、これまでアンチャン村や、スッカラン村のみんなの前で、さんざん話した空でのできごとを、もういっぺん、子供たちに、話して聞かせはじめました。
「ぼくをぶら下げた落葉は、どんどんどんどん飛び続けて、ジャージャー(堰・せき)のずっとずっと上を通り過ぎても飛び続けた。それで僕は、どうせみんなにはもう会えないのだし、前から見たいと思っていたカラメロ(海)まで行ってみよう、と思ったのさ。すると、落葉は、そんなところまで行きたくなかったみたいで、だんだん空から下りて、ちょうど、スッカラン村の人たちがチーオプ(めだか)漁をしていた川の上に落っこちたんだ……。」
子供たちがどんなに肩を寄せ合って、またそしてどんなに目を輝かして、ケラの話に聞き入っていたか、あなたにも見せてあげたいくらいです。
本当に、小人たちときたら、三度の飯よりも、こんなに向こう見ずな事が大好きなんですからね。

おしまい


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この童話は、書きはじめたのが去年の3月なので、じつに11か月かけて、完成にこぎつけることができました。
その間に、短編の童話はいくつか書きあげましたが、やはり最後まで書くのが難しい長い童話が一つ仕上がったというのは、格別な嬉しさです。
書きはじめた時には、それぞれの登場人物の性格や顔立ちは、まだあいまいなままでしたが、今でははっきりと、その表情を思い出すことができ、その声の調子まで聞き取ることができます。

物語を紡ぐ面白さ、というのは、新しい世界を自分で作ることができる、という事であり、その世界に対して、生みの親としての責任を持たなければいけない、という事でもあります。
だから、私は読んだ人が明るく前向きになれるような、温かいお話を書こうと常々努力しています。

その想いに、登場人物たちが共鳴してくれた時、物語は活き活きと弾み始め、読んでくれた方にもその通じ合った心が伝わって、温かい気持ちになってもらえるのだろうと思います。

そういうことを、これからも続けて行けたらいいな、と思っています。

Kobito


2016年02月|Kobitoのお絵描きブログ .782.781.778.777.776.775.771.770