きょうは、ファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、第14章・第4話を書き進めてみます。

前回のあらすじ
サキ達がナーグリアからの追手だと思っていたジルたちは、フラトで起きた魔法使いの革命を支持する勢力の一味でした。
ジルは、サキが持っているかもしれない『三法者の書』を手に入れるために、サキをフラトに連れ帰ると言います。

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魔法使いサキの物語
第14章・第4話「進むか、戻るか」

「あんたがカイザールだね。いつ魔法を使ったんだい。まったく気が付かなかったよ。見事なもんだ。」
ジルは言葉とは裏腹に、挑戦的なまなざしでカイザールを見上げました。
カイザールはジルが言葉を継ごうとしたその時、手に持っていたグラスの中の燃える液体をジルの顔に浴びせかけました。
「きゃっ!」
サキが悲鳴を上げ、ジルは青い炎を鼻と口から吸いこむと、うめきながら床に崩れ落ちました。
驚いたことに、気を失ったジルの肌は、見る間に赤褐色から色白の肌に変化して行きました。
レカが椅子から立ち上がって、カイザールにかけ寄って抱き付きました。
「けがはないか。」
「カイザールさん、私、上手くやったでしょう。」
レカは口を開けて舌を出し、その上に載せた穴の開いた草の種を見せました。「ああ。お前は勇気がある。」カイザールは何度もうなずきながらレカを抱きしめました。
炎が怖くて縮こまっていたサキが、ようやく気を落ち着かせて、
「さっきの液体は何だったの?」と震える声でカイザールに聞きました。
「自白剤だ。上手く調合できていたのか、自分で確かめてもらおう。」
カイザールはジルの襟首をつかんで引き起こすと、そのまま椅子にどさりと座らせました。ジルは「うーむ。」とうなりながら薄目を開けて、カイザールを見上げました。
「フラトでお前たちと連絡を取っていたのは誰だ。」
「ハウスト。」
「それが新生フラトの指導者の名前か。」
「違う。ハウストは指導者の側近だ。指導者の名前は、まだ明かされていない。」
「ふん。誰だか分からない指導者に従っているわけか。」
「誰だっていい。あたしたち魔法使いを、こんなみじめな立場から救ってくれるなら。」
「『三法者の書』は、今もスナクフ様が持っているかもしれないだろうに、どうしてサキに託したと思うんだ。」
「スナクフは、革命後、テトの王宮に舞い戻った所を捕らえられた。革命闘争をやめて、魔法使いの権利を認めるよう、アモスと交渉するようにと、指導者を説得しに来たのだ。指導者はスナクフの魔法を封じて、アモスの所在や三法者の書のありかを吐かせるために、魔法による拷問にかけた。自白剤が効かなかったからだ。その結果、スナクフはアモスの所在を知らない事や、三法者の書がすでに手元にない事を明らかにした。さらに痛めつけると、スナクフは三法者の書を、サキか、ダンケルとマイネという魔法庁の役人か、どちらかに託したことを自白した。」
「なんてむごい事を。」サキは我が事のように口を手で覆いました。
「スナクフ様は、今どうされているの?」
「人質として結界牢(けっかいろう)に閉じ込めてある。お前とダンケルとマイネをフラトに連れ戻すためだ。老体に、拷問まで受けているからな。たとえお前を連れ戻しても、それまで持つかどうか……。」
サキが言葉を継げなかったので、カイザールは、現在のテトの都の様子や、革命後の王国軍の動向などを、ジルに問いました。しかし、それらはジルの感知しない事らしく、むにゃむにゃとあいまいな返事をしただけでした。
レカは、カイザールとジルの問答が終わると、待ちかねたように、
「ねえ、この人たち、どうするの。」と聞きました。
「サキが決めるんだ。こいつらの目的は俺たちではなく、サキだったのだからな。」
サキは、「私、この人たちと一緒にフラトに戻る。」と、答えました。
レカはおどろいて、
「革命は、まだどちらが勝つか決まってないんでしょう。テトの都だって、ずっと魔法使いが治めていられるか、分からないのよ。」と注意しました。
「スナクフ様には、とても大きな恩があるの。私が戻ることでお助けできる可能性があるなら、そうするのが一番いいと思う。」
「どんな恩があるっていうの。命がけでここまで来たのに。また逆戻りするなんて。サキ、きっと途中で死んでしまうわ。」
レカはしゃべっているうちに口をゆがめて泣きそうになりました。
「スナクフ様は---」
サキはスナクフとの関係を説明しようとしましたが、その時、左手の中指に刺すような痛みを感じて、あわててその手を確かめました。
指に巻きついた透明な魔法の指輪が、白い炎の渦を描きながら、明滅するように光を放っていました。
サキは魔法庁で見聞きしたことを、スナクフから魔法で口止めされていた事を、ようやく思い出しました。
「ね、私たちと行きましょう。サキはお師匠様を助けに行かなければならないんでしょう。私、できるだけサキの役に立つわ。サキがフラトへ戻るって言った時、私すごく嫌な予感がしたの。ね、だからお願い、フラトへは戻らないで!」
レカが懇願しましたが、サキは、それでもスナクフのことが心配で仕方がありませんでした。半生をかけて、フラトでの魔法使いの地位向上を成し遂げ、王家と国家の繁栄に一生を尽くして来た誠実な人が、今、その恩恵を受けて来たであろう人々から、理不尽な仕打ちを受けているのです。どうして見て見ぬふりなどできるでしょう
その時ふと、サキは、これが自分一人で決められる問題ではない事に気が付きました。
「トミーにも意見を聞いてみるわ。もし、私について来たくないって言ったら、彼の身の振り方も、考えなければいけないし。」
サキは懐から小箱を取り出して、ふたを開けると、「話を聞いていたでしょう。どうしたらいいと思う?」と聞きました。
小箱の中では、小さくなった帽子のトミーが、いつもの通り、仏頂面でこちらを見上げていました。
「どうしたもこうしたもないね。俺は革命がおっ始まったフラトになんか戻りたくないし、ましてやカン・ソクのために最果てのナップへ行くなんて事もまっぴら御免なんだ。それに、何だって?俺の身の振り方?どうしてお前はそう、自分の勝手で俺をどうこうできると思っちまうんだい。」
「ごめんなさい。」サキはしょんぼりして謝りました。トミーはうつむいたサキを見ると、なおさらしゃくにさわったらしく、帽子のつばをパタパタ打ち鳴らしてから、
「一つ言える事はだ、スナクフはたとえ自分が死んじまうような目に遭ったとしても、お前がフラトにもどって来る事なんか絶対に望んじゃいない、って事だ。」
サキは驚いてたずねました。「なぜそう思うの?」
「考えてもみろ。魔法使いなら誰もがほしがる三法者の書を、初めて会ったお前にこっそり託したかもしれないって事は、何が何でも革命軍にそれを渡したくないって事だろう。」
「あ!」
「そして、老かいなスナクフのことだ。危険を承知で都へ戻ったのも、自分なりのもくろみがあってのことに違いねぇ。そこへお前がのこのこと帰ってみろ。お前なんかに大切な三法者の書を託さなきゃよかった、と失望させるのが落ちだぞ。」
サキは本当にそうだと思いました。ここまでの旅で、スナクフの予知や先見の明が、どれだけ自分を助けてくれていた事か。そんなすごい魔法使いが、考えなしに軽はずみな行動をとるはずがありません。
「そうだわ。私が戻ったら、かえってスナクフ様の計画の邪魔をしてしまうかもしれない。」
サキの決意が揺らぎだしたので、レカが、「そうよ。きっとそうよ。」と、急いで合いの手を入れました。
トミーが言いました。
「一番いいのは、ナップに行くなんて無謀な事はあきらめて、シンギ半島でどこか安全な場所を見つけて、そこで魔法使いであることを隠しながら、平穏に暮らして行くことだな。」
レカはいよいよ、トミーに味方して、「そうよ!私たちと一緒に暮らしましょうよ!ねえ、カイザールさん。」と、カイザールの上着のそでを引っぱってたずねました。
カイザールは、レカがすっかり、自分とホピンが一緒になるものと思っていることを知って、嬉しいやらとまどうやら、「うむ?」と妙な返事をしてしまいました。
サキは、首を横に振って、トミーを見おろすと、
「ナップにはカン・ソク先生がいて、今も誰かの助けを待っているのよ。それに、ナップへ行くことは、あなたも承知してくれたでしょう。」と聞きました。
「承知も何も、しょせん俺はお前の帽子だからな。」
トミーはつっけんどんに答えると、帽子のつばを器用に伸ばして、小箱のふたをつかむとパタンと閉じてしまいました。

つづく


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今日は、「魔法使いサキの物語」の、第14章・第3話を書き進めてみます。

交易船コメッサ号の三等船室の乗客となり、やっと人心地(ひとごこち)つけてシンギ半島を目指すサキ達一行でしたが、レカに声をかけた二等船室の怪しい二人組が、ナーグリアの審問官の手下ではないかという、新たな心配が、サキ達を悩ませるのでした。


魔法使いサキの物語
第14章・第3話「レカが居ない!」

カイザールが調合した船酔いの薬を飲み続けたおかげで、ホピンは次第に食欲が出て来て、一週間もすると、自分で体を起こせるまでに回復してきました。
その間、レカはカイザールから薬(作り立てほど効果が高い酔い止め)をもらうために、女用と男用の船室を何度か行き来しましたが、二等船室へ上がる階段には、いつもジル・ギエムが立っていて、あの大きな釣り目で、速足で通り過ぎようとするレカを見おろしながら、「また男の所に行くのかい。何か入用なものでもあるのかい。」と、薄ら笑いを浮かべながら問いかけてくるのでした。レカはそちらを極力見ないようにしていましたが、自分たちがお尋ね者の魔法使いの一行であることは、とうに見透かされているように思われて仕方がないのでした。
その日も、レカは用心深く階段の方を見ないようにして、男用の三等船室に向かいましたが、ふと、人の気配がない事に気が付いて、横目でちらっと確認すると、いつも必ず階段の中ほどに立っていたジル・ギエムの姿が、今日はどこにも見当たりませんでした。
レカはなんだか拍子抜けしたような気持ちで、男用の船室に行くと、いつものように、カイザールから酔い止めの薬を受け取って、「今日は珍しく、ジル・ギエムがいなかったわ。」と報告すると、「引き続き用心するように。」とのカイザールの忠告にうなずいて、女用の三等船室に戻って行きました。
それから、ほどなくして、男用の船室に、今度はサキがやって来て、カイザールを廊下に呼び出すと、「レカが戻らないのよ。」と、小声で相談しました。
カイザールは、レカが話していたことをサキに伝えて、「奴らいよいよ、行動に出たのかもしれん。手伝ってくれ。」と言うと、サキと一緒に二等船室へ上がる階段のたもとに行きました。
「以前聴かせた音を覚えているな。それが聞こえたら、そっちへ走るんだ。」
サキはカイザールにうながされて、呪文を唱えながら耳を澄ましました。船体のきしみや波の音、三等船室の乗客たちの話し声が次第に静かになって、サキの耳に聴こえているのは、低くこもった自分の鼓動の音と、ゆっくりと吸っては吐かれる自分の呼吸の音だけになりました。
やがて、遠くの方から、「ピーッ。」という笛のような細い音がかすかに聴こえました。それは、上階の、二等船室のずっと奥の方から聴こえて来たようでした。
サキは階段を駆け上って、廊下に出ると、感覚を頼りに、その音がしたと思われる、突き当りの部屋の前まで猛然と走って行きました。
ドアには内側からかんぬきが下ろされていましたが、サキはすき間からU字型の鉄の棒を差し込んで、それを揺さぶっただけで、いとも簡単にかんぬきを外してドアを開け放ちました。
部屋の中ほどには、ジル・ギエムと、のっぽの眼鏡の男が立っていて、奥の壁際の椅子には、不安げなレカが座らされていました。
「おやおや。自分から乗り込んで来てくれるとは都合がいい。」
ジル・ギエムは、そう言うと、サキが部屋に入って来るのを待ってから、手をかざして呪文を唱え、ドアを閉めました。
サキは、眼鏡の男が手に持っているワイングラスを見て、体をこわばらせました。グラスに半分ほど注がれて揺れている鮮やかな青い液体からは、おぼろな青い炎がゆらゆらと立ち上っていたからです。
「レカを返して。」
サキが一呼吸おいてから言うと、ジルは意に介さず、
「お前がサキというのだな。」
とたずねました。
サキがレカの方へ踏み出そうとすると、眼鏡の男がグラスの炎をサキの方にさし出したので、サキは足がすくんで動けなくなりました。どうやら、眼鏡の男は、サキの様子を見て、炎を怖がっていることを、早くも察したようでした。
ジルは薄ら笑いを浮かべながら、
「安心しな。抵抗さえしなければ、乱暴な事をするつもりはないんでね。あたし達は、あんたと話がしたかったのさ。」
サキは、ジルがどうしてそんな事を言うのか、分からなかったので、
「あなたたちは、ナーグリアの審問官の手下ではないの?」
と聞きました。
「いかにも、あたし達は審問官の手下さ。でもね、それだけじゃないんだ。知っているかい。フラトで魔法使いが蜂起して、革命が起きた事を。」
サキがうなずくと、ジルは続けました。
「あたし達は、その魔法使いたちが興した新生フラトの、シンパでもあるのさ。だから、あんた達が協力的なら、ナーグリアに引き渡すようなことはしないよ。」
サキは、半信半疑でした。表向きそう言っておいて、実際はナーグリアに連れ戻そうとしているかもしれないからです。
「じゃあ、どうして私たちを追ってきて、レカを連れ去ったりするの。」
「新生フラトの指導者から、伝書が届いてね。あんたから、譲り受けたいものがあると。それは、新生フラトが、理想の国家を世界に広めるために、どうしても必要なものなんだ。」
サキがけげんそうな顔をしているので、ジルは愛想笑いの奥で観察するように見据えながら、
「『三法者の書』さ。あらゆる魔法が記されていると言われる、伝説の書。あんたは、それをフラトの魔法庁長官スナクフから預かっているはずだ。」と言いました。
「そんなもの、預かっていないわ。」
「あんたが気が付いていないだけで、スナクフはこっそりあんたに預けたかもしれないんだ。それを、あたし達が見つけるのは、困難かもしれない。だから、あたし達は、あんたを新生フラトの指導者の所まで連れて行かなきゃいけないんだ。」
「いやよ。『三法者の書』を持っているなら、あなた達にあげるわ。でも、私は持っていない。スナクフ様から預かったものなんて、何もないんだから。」
「それを確かめるのは、新生フラトの指導者さ。あんたが今ここで、『三法者の書』を渡せないなら、あたし達について来るしかないんだ。」
「いや。ついて行く必要はない。」
男の声で、誰かがこう言ったので、ジルは眼鏡の男を振り返りました。眼鏡の男はうつろな表情で、天井を見上げていましたが、やがてガクリと床に膝をついて、前のめりに倒れ込みました。眼鏡の男の立っていた場所には、いつの間にか、カイザールが、炎の立ち上るワイングラスを片手に持って、冷徹な表情でジルを見おろしていました。

つづく

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きょうは、久しぶりに、ファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、第14章・第2話を書き進めてみます。
切りの良いところまで書いたら、けっこう長い文章になりました。
新たに登場した人物の挿絵共々、楽しんで頂けると嬉しいです。


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魔法使いサキの物語
第14章・第2話「二等船室の怪しい二人」

コメッサ号は、大まかに分けて居住層三、貨物層一の、四層からなる構造の船でした。甲板の直下は一等船室で、高級役人や裕福な商人などが利用するため、個室の内装も豪華で、食事は船上で用意できる最上のもの、身の回りの世話は専属の給仕が行うなど、高額な船賃に見合うだけの行き届いた待遇を受ける事ができました。
下の階は下級の文官や武官などが利用する二等船室で、奥に長いせまい部屋に二段ベッドが通路を挟んで置かれ、四人が寝起きする事ができる、簡素な相部屋になっていました。食事は干し魚や塩漬けの野菜などが出されました。
その下が三等船室で、天井の低い物置のようながらんどうの空間に、主に移民や出稼ぎ労働者など、貧しい階級の人々が、男女の部屋に分けられて、詰め込まれるように雑魚寝をする場所になっていました。食事は毎日、固いビスケットと炒った豆と、少量の真水だけでした。
コメッサ号が交易船でありながら、多くの乗客を運べる作りになっているのは、ナーグリアの奴隷商人に買われた、シンギ半島の奴隷たちの運搬も行なっていたからです。つまり、半島から出航する際には、特に三等船室の客層が、がらりと変わることになったという事です。
乗員乗客二百名、積載量九百トンという、ナーグリアで最大の帆船でしたから、シンギ湾の激しい潮流や荒波を乗り越えて航行することも可能ではありましたが、それでも、船旅の間中、絶え間なく打ち寄せる大波を受けて、船体が前後左右に大きく揺られる事は避けられませんでした。
サキたちの居る三等船室でも、日を追うごとに船酔いに苦しめられる乗客が多くなって、出港当初のあの活気に満ちたにぎやかさは、すっかり影をひそめてしまいました。
ホピンは特に船酔いが酷くて、食事も満足に摂れないので、ずいぶんやせてしまって、始終ぐったりと横たわっていました。
「もう少し、まじめに魔法を習っておけばよかったと、今更ながら後悔してるわ。船酔いを散らす魔法だって、先生から教えてもらえたかもしれないし。」
ホピンが弱々しい声で、横に座るサキに耳打ちしました。
「先生って、どんな方?」
「とぉっても……、偏屈な先生だったの。そして、できの悪い私を始終、見下していじめていたわ。だから、私、魔法使いの試験を修了する前に、嫌になって、逃げ出しちゃったのよ。」
「先生は、アスタカリアの方?」
「ええ、私たちがアスタカリアを出た時、大掛かりな魔法使い狩りがあって、その時に、役人につかまってしまったって、あとで他の弟子たちから聞いたわ。だから、あなたが助かった時、私、本当に嬉しかったの。」
サキは、ホピンの額をやさしくなでて、「あなたのおかげよ。」
と言いました。
「二人は、陸路でナーグリアまで来たのね。」
サキのこの問いには、レカが答えました。
「うん。そりゃあ、大変だったのよ。女の二人旅でしょう。山賊とか人買いとか、何度も怖い目に遭ったわ。でも、そのたびに、お母さんが魔法で悪者をやっつけたのよ。私も、魔法が使えたら、どんなにいいだろうって、その度に思ったわ。」
話すうちに、次第に声が大きくなった事に気が付いて、レカはしまったと言うように口を押さえて、周りを確かめました。乗客はそれぞれの寝床で、集まって小声で話をしたり、いびきをかいて眠ったりしていましたし、船腹に打ち付ける波の音や、船体のきしむ音が、始終あたりに響いていたので、こちらの話を聞き取られる心配は、まずなさそうでした。
「こればっかりは、持って生まれた素質だからね。でもね、お前がそう言ってくれて、私は本当に嬉しいよ。」
ホピンは、船酔いで気が弱っているらしく、少し涙ぐみながらレカを見上げました。
レカは、いたわるようにうなずいて、
「カイザールさんからもらった薬が、少なくなったから、またもらってくるね。」
と言って、立ち上がりました。
女用の三等船室を出て、せまい廊下を進むと、男用の三等船室との中間に、二等船室に上がる階段があって、レカはそこを通り過ぎようとして、ふと上の階を見上げました。すると、そこの廊下で、乗客らしい二人連れが立ち話をしているのが見えました。
二人のうち、背中を向けた一人の袖なしの赤い上着から出た腕が、褐色の肌だったので、レカはカイザールだと思って、声をかけようとしました。でも、よく見るとそれは小柄な黄色い髪の若い女でした。その女が、気配を感じたのか、振り返ってレカを見おろしたので、レカは慌てて会釈をしました。
「あたしの肌の色が珍しいのかい。」
女が大きな釣り目で射るように見つめたので、レカは、
「そうじゃないの。私の連れに似ていたから、間違えてしまったのよ。」
と答えました。
「お前の連れは、褐色人なのかい。」
レカはそうだと答えようとして、カイザールが魔法で肌の色を変えていたことを思い出して、「いいえ。あの、雰囲気が、似ていたの。」と、とっさに嘘をつきました。
女は、隣の眼鏡をかけた背の高い男に、何か小声で語りかけると、再びレカを見おろして、「出港前に、褐色人の魔法使いがひと騒動起こしただろう。お前の連れじゃないのかい。」と、少しいじわるな調子で聞きました。
「違うわ。私の連れは、私と同じ肌の色だもの。」
レカは、なんだか心を見通されているような、不安な気持ちになったので、足早にその場を立ち去ろうとしました。すると、
「お前、名前はなんていうんだい。」
と女が聞いたので、レカは振り返って、自分の名前を名乗って、「あなたは?」と聞きました。
女は、「ジル、ジル・ギエムだよ。」と名乗って、「急いでいるんだろう。行きな。」と言いました。
レカは逃げるように歩き出しましたが、聴き取られはしまいかと思うくらい、胸がどきどきと高鳴っていることにその時気が付きました。
男用の三等船室の前まで来ると、男の子たちが柱と柱の間に渡した綱に、所狭しと洗濯した服や敷布を干している所でした。カイザールを呼んでほしいと頼むと、年長の子が大声で「カイザールさん!女が面会だよ!」と呼びかけてくれて、部屋の奥から、カイザールが他の客の間を縫うようにして出て来ました。レカは彼の腕を取って廊下のすみに連れて行くと、「ああ、怖かった。さっきね。褐色人の女の人に、階段の上から話しかけられたの。そして、カイザールさんの連れじゃないかと疑われたわ。」と話しました。
カイザールは、褐色人という言葉に、少しけげんそうな顔をしましたが、平静な態度で、相手がどんな風貌だったかを、できるだけ詳しくレカに話させました。
そして、「褐色人が二等船室に居るのも、おかしなことだ。審問官の手下かも知れんな。また、何かあったら、知らせにおいで。自分から、その二人連れに、近づいてはいけないよ。」と注意をしました。
「ええ、カイザールさんも気を付けてね。」
レカは、船酔いの薬を受け取ると、二等船室への階段を見ないように小走りに駆け抜けて、女用の三等船室まで戻って来ました。
サキとホピンにも二人連れの話をすると、ホピンは、「審問官の手下なのかねぇ。船酔いなんかしてる場合じゃないね。」と、起き上がろうとしました。でも、すぐに力なく横たわると、「だめだわ。もし追手だったら、私を置いて逃げて頂戴ね。」と、泣きそうな顔でレカに言いました。
「まだ追手と決まったわけではないわ。それに、サキさんやカイザールさんがいるんだもの。きっと大丈夫よ。」
「ええ、私たちで気を付けているから、ホピンさんは薬を飲んで、ゆっくり休んでいて。」
レカとサキから労(いた)わられて、ホピンは子どものように素直にうなずくと、レカが水に溶かした粉薬を、頭を支えてもらって、少しずつ飲ませてもらって、ようやく落ち着いたらしく、涙のたまった瞳を閉じて、ほっとため息をつきました。

つづく

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【ジル・ギエムと眼鏡の男】





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久しぶりに、ファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』を書き進めてみました。今回から、第14章が始まります。

第14章では、ナーグリアを脱出して、交易船に潜り込むことができたサキたち一行のその後の様子を、書いて行きます。
サキは現在、フラトの元国境警備団員カイザールと、ナーグリアで出会ったホピンとレカの母娘と一緒に旅をしています。

魔法使いサキの物語
第14章・第1話「三等船室にて」

ギリーニャ行きのナーグリアの交易船、〝コメッサ号〟に潜り込むことに成功したサキたち一行は、三等船室が男用と女用に分けられていたので、カイザールとひとまず別れて、サキとホピンとレカで、船底近くの女用の船室に下りて、くたびれた身なりの人々でごった返したその部屋の片すみに、なんとか三人分の小さな居場所を確保しました。ホピンは晴れて正式な乗客として、長い船旅を過ごすことができることが決まって、心底ほっとしたようで、薄よごれた板壁にぐったりもたれかかると、「私はもうここから動きたくないよ。」と、うなるようにつぶやきました。
すると、ホピンのすぐ横で、すり切れた敷布にくるまった老婦人が、自分の居場所が狭くなったことに腹を立てて、サキたちに、
「あんたたちは、出港の時は居なかったのに、どっから湧いて出たのかね。」
と嫌味を言いました。
レカが、「乗り遅れたので、泳いで追いかけて、やっとさっき乗り込めたのよ。」と答えると、周りの乗客が「そいつはご苦労だったね!」と言ってどっと笑いましたが、サキとホピンは、レカの大胆さに冷や汗が出る思いでした。
この船が、こうもたくさんの乗客を乗せているのは、イストパ(大陸東部)からシンギ半島への航路が、ナーグリアのサドゥから出ているこの交易船の一本しかないからでした。
激しい荒波と、内海から外洋へ急流のように出て行く潮流に逆らって半島に渡れるほどの優れた船艇を建造できるのは、イストパではまだ、魔法動力の発達した小国フラトと、イストパ最大の貿易国家、ナーグリアだけだったのです。
「あたしは今までに貯め込んだ金を、船賃でほとんど持ってかれたよ。でもいいのさ。半島へ渡れば、ナーグリアの通貨は百倍の値打ちがあるんだから。残りの金でも、田畑を買って、夫と二人で使用人を雇って暮らしていけるくらいはあるよ。」
「為替(かわせ)役人が持ち金を預かってくれるから、船旅の間も安心だしね。」
「そうだよ、でも、引きかえの割符(わりふ)だけは絶対に失くしちゃいけないよ。役人から金を返してもらえなくなるからね。」
女たちがあけすけにそんな会話をしているのが、ホピンの肩にもたれて休むサキの耳に聞こえてきました。
「カイザールさんは、一人でかわいそうね。どうしているかしら。」
サキの隣にしゃがんだレカが聞きました。
「あの人は大丈夫よ。強い人だもの。」
「そうかな。時々、お母さんにそっくりって思うのよ。あの人。」
「どこが?」
「寂しがりやなところ。」
「うん。」
サキは、ちょっとホピンの方を見ました。するとホピンは、目を閉じたまま、
「おませさん。あなたも疲れたでしょう。お休みなさい。」
と、たしなめるようにレカに言いました。
「あら、寝たのじゃなかったの。」
「あなたを野放しにして眠れるほど、お母さんは気丈夫じゃありませんよ。」
サキとレカは、思わず大きな声で笑いましたが、隣の老婦人が目をむいてにらんだので、あわてて口を押さえました。

つづく

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ファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、第13章・第6話を書き進めたので、ご紹介します。
物語の中で、乗り越える事が困難な事柄が起きた時に、それを解決する方法を考え出すのが、創作の上で最も難しい局面だと思います。今回の話も、そういう場面なので、四苦八苦しながら何とか書き上げました。
それでは、文末の挿絵と一緒にお楽しみ下さい。


前回までのあらすじ
ダンケルとマイネは、帽子のベレーズから空飛ぶ舟「カラブネ」の作り方を教えてもらって、図面通りに作ることに成功しますが、そのカラブネは風を操る魔法で飛ばす仕組みだったので、風の魔法が使えない二人はとんだ無駄骨を折らされた事に気が付くのでした。

魔法使いサキの物語
第13章・第6話「カラブネ、空を飛ぶ」

「申し訳ありません。お二人が風を操る魔法を習得されているかどうか、確認すべきでした。」
ベレーズがしょげて謝ると、マイネは図面をあらためて確かめながら、
「僕らも、スナクフ様が何でもご存じのはずだと思い込んで、質問をしなかったのがいけなかったね。」
と言いました。
「なんで俺たちが悪いんだよ。魔法庁への仕官のあては無くなるし、こんなとこまでベレーズを運ぶために旅をさせられるし、飛ばすこともできないガラクタ舟を作らされるし、踏んだり蹴ったりじゃないか。」
ダンケルがふてくされて言いました。
「私が悪いのです。お二人にはご苦労とご迷惑ばかりかけてしまって、本当にお詫びのしようもございません。」ベレーズは今にも泣き出しそうでした。
「まあ待ってよ。カラブネが飛ばないって決まったわけではないよ。」
マイネがとりなして言いました。
「何だって?」
ダンケルが頭をもたげて聞いたので、マイネは、
「追い風の風力で進むのではなくて、電気分解した海水の爆発の噴射力で進む構造にしてみてはどうかな。」
と提案しました。
ダンケルはベレーズと顔を見合わせましたが、それがどんなものか、どちらもよく分からない様子でした。
「上手くいくか分からないけど、とりあえず作ってみるよ。ダンケルも手伝って。」
「嫌だよ。俺は手伝わないよ!」
ダンケルが寝返りを打ってそっぽを向いたので、マイネは「気が向いたら頼むよ。」と言って、一人で馬を連れて材料を集めに出かけました。
しばらくすると、マイネは馬に材料を積んで戻って来て、カラブネを作った時と同じように、海藻と毒キノコを煮詰めて、崖の土と混ぜ合せて、汗だくになりながら、白い粘土を作りました。
「ああっ、私もお手伝いできたら良いのですけれど……。」
ベレーズが申し訳なさそうに声をかけると、マイネは、「いいよ。もう一人、手の空いた人がいるからね。」と言って、練り上がった粘土で、今度は細かな部品を作りはじめました。
「俺は手伝わないぞ!」少し離れたところで、横になったダンケルが、目を閉じたまま言いました。
マイネはせっせと部品を作り続けましたが、複雑な形が多いのと、寸法を正確に測らないといけないので、一人では思うように作業が進まない様子でした。
「そろそろ粘土が固まりはじめます。どうでしょう、間に合いそうですか?」ベレーズがたずねると、マイネは額の汗を拭いて、作業を進めながら、
「ちょっと厳しいなぁ。」と答えました。
「何を手伝えばいいんだ。」
いつの間にか、ダンケルがマイネのそばに立っていて、口をとがらせながら聞きました。
「これに書いてる通りの部品を作って。」マイネは微笑むと、隠しから手描きの図面を取り出してダンケルに渡しました。
「用意周到なんだからなぁ。」ダンケルは苦笑いすると、腰を下ろして粘土を加工しはじめました。
ダンケルの加勢のかいがあって、部品はすべてそろったので、マイネはそれらを組み立てて、たき火で焼き固めて、壺のような形の、奇妙な機械を完成させました。
ダンケルは、それをカラブネの後部に取り付けながら、
「動かしたとたんに大爆発!ってことにならなきゃいいがな。」と言いました。
「僕もそうならないことを祈るよ。」マイネも、あまり自信はなさそうでした。
「しかし、こんな小さな舟じゃ、馬も荷も置いていくしかないな。」
ダンケルが言うとベレーズが、
「私が入っていた小箱なら、馬や荷を入れて運べるかもしれません。」
と答えました。
「まさか。あんな小さな箱に馬や荷なんか入るかよ。」
「物は試しだ。やってみようよ。」マイネが馬に負わせた荷袋から小箱を取り出して、それに馬の前脚のひづめをはめ込んでみました。
すると驚いたことに、馬が荷袋ごと瞬く間に小さくなって、小箱の中に落ち込むように吸い込まれて行きました。
すっかり馬の姿が見えなくなったので、小箱の中を覗き込むと、手のひらに載るくらい小さくなった馬が、とまどった様子でか細くいななきながら、こちらを見上げていました。
「ひえー。信じられない。子ねずみくらい小さくなったよ。」
「たまげたな。こんなすごいミュステルだったのか。」
ベレーズが誇らしげに、「たいしたものでしょう。三法者の書に記された魔法の中でも、極めて難易度の高い魔法が施されたミュステルです。しかも、三法者のヌマ様がその手でお作りになった、世界にたった二つしかない、大変貴重な小箱なのですよ。」と言ってから、
「ただ、あまり大きなものを入れっぱなしにしておくと、魔法が壊れてしまって、元の大きさに戻せなくなってしまうので、遅くとも五日後には取り出して下さい。」と付け加えました。
「この舟がちゃんと飛んで、大爆発もせずに、無事にシンギ半島にたどり着く事ができたらな。」
ダンケルは早くもカラブネに乗り込んで、船首に座ると両手でしっかりへさきにつかまりました。
マイネは「馬をなだめててね。」と言ってベレーズを小箱の中に入れると、ふたを閉じて、それを懐に入れてから、「僕は操縦に専念するから、ダンケルは常に舟の平衡を保つことに集中してね。」と言って、カラブネの船尾に飛び乗りました。
マイネが機械の上部に取り付けた管に手を添えて、短い呪文を唱えると、ボンという破裂音と共に壺型の機械の口から熱水が噴き出して、カラブネが岸から離れて沖へ向けて進みはじめました。
「漕がなくてもいいなんて便利なもんだなぁ。」
快調に進むカラブネに、ダンケルが感心して言いました。
「まだまだ序の口だよ。ここからが本番。」
マイネがまた呪文を唱えると、カラブネはさらに速度を上げて、舟底が水面からしだいに浮き上がり、やがて四本の足だけで、滑るように海上を走りはじめました。
ダンケルは姿勢を低くして進路を見据え、一心に舟の平衡を保っています。
マイネはそこでさらに、力を込めて呪文を唱えました。
ゴオオオオ!機械が火を噴くような激しいうなりを上げ、カラブネは静かに水面を離れて、飛魚のようになめらかに低い空を滑空しはじめました。
「飛んだ飛んだ!飛んでるぞ!」
ダンケルが前を見据えたまま叫びました。
「やったぁ!飛んだ!飛んだ!」マイネも帆柱につかまって叫びました。
ダンケルは平衡を保つのに慣れて来たので、ちょっとマイネを振り返って大声で言いました。
「お前は凄い!一流のミュステル職人だ!」
カラブネは、西日を浴びて、真っ白に輝きながら、はるか南の半島を目指して、風を切りながら真っすぐに飛んで行きました。

つづく

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【空を飛ぶカラブネ】



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ファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、久しぶりの更新です。
このところ、がっかりする事や、落ち込むことが多くて、創作も滞りがちになってしまいました。
ただ、作品を書いていると、気持ちが晴れて来る面もあるので、ぼちぼちがんばって取り組みたいと思います。

今回は、第13章・第5話です。

前回までのあらすじ
帽子のベレーズが空飛ぶ舟「カラブネ」の作り方を教えてくれると言うので、ダンケルとマイネはその代わりに、シンギ半島に渡ってからも、サキを捜す事を約束したのでした。


魔法使いサキの物語
第13章・第5話「カラブネ」

ダンケルとマイネは、ベレーズからまずは南の海岸へ行くように言われたので、二時間ほど歩いて、岩場の小さな入り江に来ました。
岸から見ると、海の中には紫色の海藻がたくさん生えていて、潮の流れに絶えずゆらゆらと揺らめいていました。
「あの海藻を、鍋一杯集めて下さい。」
ベレーズが言うので、ダンケルは海に入って行って、生い茂った海藻を二、三本根元から引き抜くと、岸に置いた鍋に運んで来ました。「やけにべたつく海藻だな。」
手や足に切れ端がへばり付くので、ダンケルは海水で洗い流そうとしましたが、なかなかきれいに落とせませんでした。
「そのべたつきが良いのです。お次は、海岸沿いを東へ行って下さい。そこに小高い灰色の崖があるので、今度は麻袋いっぱい、崖の土を集めて下さい。」
ベレーズの言葉通り、二人が東へ行くと、海岸のそばに、灰色の小高い崖が見えてきました。
崖の土は手で削れるほどもろくて、しかもとても軽かったので、麻袋いっぱい詰めるのに、大した手間はかかりませんでした。
マイネが麻袋を片手で持ち上げて、「こんなもんでいいのかい。」と聞くと、ベレーズは、
「ええ、十分です。」と答えて、
「お次は、この崖の上に生えている、とがった葉を茂らせたやせた低木の根元を掘って、丸くて黒いきのこを探して、きっかり三粒集めて下さい。」と、言いました。
二人はゆるやかな斜面を登って、灰色の崖の上に出ました。そこには、ベレーズの言ったとおり、とがった葉を茂らせたやせた低木がまばらに生えていました。二人はさっそく、その木の根元を掘りはじめました。しばらくは、何も見つかりませんでしたが、方々掘っていると、やがて、土の中から、黒くて丸い、胡桃(くるみ)くらいのきのこが出てきました。
「おいしそうな匂いだな。」
ダンケルがしわだらけのきのこを鼻に近付けて、食欲を誘う甘やかな香りをかいでいると、ベレーズは、
「それはブタゴロシという猛毒のキノコですので、間違っても食べてはいけませんよ。」と注意したので、ダンケルはあわてて鼻から離しました。
二人は半時間ほどかけて、その毒キノコを、きっかり三粒集めました。
「では、海岸に戻って下さい。そこで、集めた材料を加工する手順をお教えします。」
海岸に戻ると、二人はベレーズの指示に従って、海藻と毒キノコの入った鍋を火にかけ、真水を加えて温めはじめました。
時折、魔法で起こした電流で刺激してやると、さっきまで良い匂いを漂わせていた毒キノコが、次第に猛烈な悪臭を放ちだしたので、二人はたまらず、布で口元を覆うと、煮汁がドロドロになるまで、ひたすらかき混ぜつづけました。その煮汁を、岩場に半分あけた崖の土にまぶして、顔を背けながら素手でこね続けると、次第に色が白っぽくなって、臭いもなくなって来たので、残りの崖の土を加えてさらに練り続けました。
日が暮れて、すっかりあたりが暗くなった頃、でき上がったのは、まっ白くて柔らかな、大きな一かたまりの粘土でした。
「ここからは、時間との戦いですよ。粘土が固まってしまうまでに、カラブネの原型を作ってしまわなければなりませんから。」
「カラブネの原型ってどんなのさ。」
「ここに図面がありますので、この通りに。」
ベレーズがいつの間にか、口に図面をくわえていたので、マイネは、
「怖いくらいに用意周到だなぁ。」と感心しました。
図面には、脚が四本ある奇妙な帆舟が描かれていて、図の内側や外側には、各部の寸法や角度、それに、細部を仕上げるための魔法の種類が、びっしりと書き込まれていました。
幸い、マイネは図面が読めたので、ダンケルに作業の手順を教えながら、粘土を伸ばしたり貼り付けたりして、船体の大まかな形と、脚や帆柱などの部品を作って行きました。
寝ずの作業のかいがあって、夜明け頃には、船体や部品が全てでき上がったので、二人はそれを組み立てて形を整え、魔法でたき火の火力を高めて固く焼き上げると、冷めるのを待ってから、麻布の帆を帆柱に二枚張って、どうやら図面通りの帆舟を完成させることができました。
ダンケルは波打ち際に帆舟を浮かべると、
「ミュステル職人も顔負けのきれいな出来栄えじゃないか。」
と、朝日を浴びてまぶしく輝くその真っ白な船体を満足そうに眺めました。
「でも、こんな舟が、僕らを乗せて本当に空を飛ぶんだろうか。」
マイネが、舟をよくよく見て、疑わしそうに言いました。
「もちろんです。風を操る魔法で走らせるだけで、簡単に空を飛ばすことができます。」
ベレーズの言葉に、ダンケルとマイネはけげんそうに振り返ると、「俺たちは風を操る魔法なんて使えないぜ。」と声をそろえて言いました。
「え?お二人は、魔法使いの試験に合格した、正式な魔法使いなのでは?」
「魔法使いの試験は、水を御する試験、火を御する試験、雷を御する試験の三つじゃないか。風を操る魔法は必須科目じゃないよ。」
「そんな、風を操るなんて、ごく初歩的な魔法ではないですか。」
「ああぁ!なんてこった!カラブネ作りは全くの無駄骨か!」
ダンケルはへたり込んで岩の上に大の字に倒れ込みました。

つづく


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【カラブネを作るダンケルとマイネ】


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きょうは、オリジナルのファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、第13章・第4話を書き進めたので、ご紹介します。

前回までのあらすじ
魔法長官スナクフの帽子ベレーズは、ダンケルとマイネに、白い影の正体が三法者の一人ミタマの魔法であることや、サキの両親セイヴァンとニールスエスタと、ミタマとの関係のことなどを話して聞かせました。
はじめはベレーズがだましていたことに怒っていたダンケルも、話を聞くうちに、魔法長官スナクフの深い考えがあってのことだったのだと分かって、ベレーズを許すのでした・・・。


魔法使いサキの物語
第13章・第4話「二日でシンギ半島に渡る方法」

「それで、スナクフ様は僕らにどうしろと?」マイネが聞きました。
「サキ様を探して、私を渡してもらいたいのです。私はスナクフ様からサキ様への言づてを預かっているのです。ただ、今すぐ渡しては、ブランの影響力が強過ぎますから、お二人がサキ様に追いついた時が、最善の頃合いであろうとの事でした。」
「サキはもうナーグリアの交易船に乗って、シンギ半島に渡ってしまったんじゃないかな。僕らだって、帰ろうとしている故郷はシンギ半島にあるんだけど、交易船は二ヶ月しないと戻って来ないし、その間にサキはもっと遠くに行ってしまうよ。」
ベレーズはすかさずマイネに、
「カラブネを作るのです。」と言いました。
「カラブネって何だい。」
「空を飛ぶ舟です。それを用いれば、シンギ半島のギリーニャまで二日で着けます。」
「そんなすごい物、平平の魔法使いの俺たちが作れるかよ。」ダンケルがあきれて言いました。
「作り方は、私がスナクフ様から聞いているので教えます。お二人は私の言う通りに、材料を集めて下さい。」
「ちょっと待て。俺たちは、まだサキを追うとは決めてないぜ。故郷に帰りたいだけなんだ。話を聞くと、サキは相当やっかいな問題に巻き込まれてる。仕官するはずだった魔法庁もなくなったし、俺たちが危険を冒してまでスナクフ様の指示に従う理由はない。」
ダンケルがきっぱりと言うと、ベレーズはあっさり、「そうですね。お二人はスナクフ様の弟子でもありませんから、スナクフ様の指示に従う理由はありません。」と認めました。
そして、
「これはお願いなのです。サキ様がナップにたどり着いて、カン・ソク様を救い出すには、私がスナクフ様から預かった言づてがどうしても必要なのです。私が自力でサキ様のもとへ向かえたらいいのですが、それが無理な以上、信頼できるお二方に、その任をお頼みするほかはないのです。」と言いました。
「勝手な理屈さ。俺たちは、サキに貸しはあっても、借りはこれっぽっちもないんだからな。」
ダンケルがつっぱねると、ベレースは心細そうにマイネを見上げました。
マイネは腰に手を当てて考えていましたが、
「ギリーニャまで二日で着けるなら、サキとの距離は相当縮まるだろうね。僕らは、サキを見つけられるだろうか?」
と聞きました。ベレーズは勢い込んで、
「もちろんでございます。お二人がサキ様を見つけると確信していたからこそ、スナクフ様は私をお二人に委ね、また、カラブネの作り方まで、私に教えておいたのですから。」
と答えました。
「おいおい、僕らって言うなよ。俺はもう降りるぜ。」
ダンケルがマイネに言いました。
マイネは、「スナクフ様からもらった報酬や旅費が、まだたんまり残ってるだろ。それに、どうせ向かう方角は同じなんだし、ベレーズはカラブネの作り方を教えてくれるって言ってるんだから、無事にギリーニャに着けたら、少しくらいサキを探してあげたっていいじゃないか。もし、ギリーニャでサキが見つからなかったら、ダンケルはそこで役目を降りたらいい。僕はサキを探しながら、エレスの師匠のところに向かうよ。」
「お前は律儀すぎるんだよ。」ダンケルはぼやきながらも、
「ナーグリアの北の海から大回りしてシンギ半島に帰る道のりを考えると、本当に二日でギリーニャに着けるなら、有り難いなんてもんじゃないからな。」と、あごを撫でながらしばらく考えたあとで、ベレーズを見おろして、
「よし、サキがあんまり遠くへ行ってない事を祈るんだな。」と言いました。
ベレーズは、
「では、急いでカラブネの材料を集めましょう。」
と、二人を急かすように、左右のつばをパタパタと揺らしました。

つづく

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オリジナルのファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、第13章・第3話をご紹介します。
今回は、この物語の根底にある謎の多くが、帽子のベレーズによって打ち明けられて行くという、重要な回です。
これまでに登場した人物を大まかにまとめた、「登場人物相関図」も書いてみたので、テキスト末尾に貼っておきます。参考にしながらお読みください。

前回までのあらすじ
サキの帽子のトミーが入っていると思っていた小箱には、魔法長官スナクフの帽子だというベレーズが入っていました。
マイネはあきれ、ダンケルは怒り心頭です。ベレースは、二人をだましてまで、サキを追わせた事情を語りはじめます…。


魔法使いサキの物語
第13章・第3話「白い影の正体」

「なぜ今まで小箱に閉じこもっていたんだい。僕らが旅の間、どんな目にあって来たか、お前だって知ってるんだろう。スナクフ様の考えあってのことにしても、あんまりじゃないか。」
マイネが、ダンケルをなだめるように、穏やかにベレーズにたずねました。
「私だって、どんなにふたを開けて、お二方に事情をご説明したかったかしれません。でも、それはお二方にとって、さらなる危険を招くことになりますので、できなかったのです。」
「どういう意味だ?俺たちに話すとまずいんなら、今だって話せないって事じゃないか。」
ダンケルが、帽子のつばを握る力をゆるめたので、ベレーズはふうっと息をつくと、「今だからこそ、お話しできるのです。お二人は、たった今、サキ様を追う事を完全にあきらめましたから。それが、付きまとう影をまくために、必要なことだったのです。」
「影って、あのモリーの宿場の手前で僕らが見た、白いうすっぺらな人影かい。」
マイネがベレーズに顔を寄せて聞きました。ベレーズは声を潜めて、
「左様です。あれはスナクフ様に掛けられた魔法から生じた影で、ブランと言います。ブランはお二人の監視をし、サキ様にある役目を果たさせるために、お二人やその周囲の人々の行動を操って、サキ様をナップへ向かわせようとしていました。しかし、お二人がサキ様を追う事をあきらめたことで、魔法の効力がなくなり、ブランも消え失せました。だから、私は安心して、お二人に事情を話せるようになったのです。」
「スナクフ様にそんな強力な魔法をかけるようなすごい魔法使いって、いったい誰なんだ。」
ダンケルがたずねると、ベレーズはいっそう声を落として、
「ミタマ様でございます。」
と答えました。
マイネが目を丸くして、
「ミタマ様って、あの、三法者の一人の?」
と、つられて、声を潜めて聞きました。
「スナクフ様はミタマ様のお弟子でございます。ミタマ様は、たいへん用心深い方でしたので、お弟子の方々それぞれに、ご自身の影響力を保つ魔法を、ひそかにかけておられたのでございます。」
「しかし、ミタマ様って、大昔の人だろう。まだ生きていたのか?だって、呪文を刻んだ魔法以外は、自分の死後も効力を残すことはできないんだろう?」ダンケルが聞きました。
「肉体は滅びておりますが、魂はまだ存在しております。その、ミタマ様の魂が封じられている場所が、おそらく東の果てのナップなのです。」
「封じられているって、どういうことだ?」
「ある魔法の実験の失敗で、ミタマ様の肉体と魂は分離され、魂だけが、遠く離れたナップの地に飛ばされ、何らかの方法で封じられているのだろうと、スナクフ様は申しておりました。その、魔法の実験というのが、三法者の書に記されている膨大な魔法の中でも、最も難しいとされる三大魔法の一つである、“死者をよみがえらせる魔法”なのです。そして、その魔法の実験の材料として利用されたのは、サキ様のお父様のセイヴァン様と、お母様のニールスエスタ様でした。」
「ミタマ様は、セイヴァン様がお仕事で命にかかわる重傷を負い、ニールスエスタ様が救いを求めて訪れた時に、ニールスエスタ様をだまして、セイヴァン様を死者をよみがえらせる魔法の材料にしようとしたのです。そして、その魔法の儀式の途中で、ミタマ様がセイヴァン様を救うつもりがないことを悟ったニールスエスタ様は、儀式を妨害して、魔法を失敗させたのです。ミタマ様はその失敗の反動で、肉体と魂を分離させられて、遠くナップまで飛ばされてしまったのだろう、ということです。」
「サキは、ミタマ様の魂が封じられている場所に行こうとして、ナップを目指しているのか?」
「違います。サキ様は、ミタマ様の事も、ミタマ様とご両親とのいきさつも、まったくご存じありません。サキ様は、ブランの力でナップに飛ばされた、お師匠のカン・ソク様を助け出すために、ナップを目指しているのです。」
「なんてこった!サキがカン・ソク様の弟子だと言っていたのは、本当のことだったんだ!」
ダンケルが叫ぶと、マイネも、
「カン・ソク様の安否を、スナクフ様に占ってもらうために、サキはスナクフ様に会いに行ったんだ。」
と、うなづきながら言いました。
「しかし、なんでスナクフ様は、サキに両親の事を話してやらなかったんだろう。お前の話を聞いてると、ミタマ様ってかなりやっかいな人みたいじゃないか。そんなやばい人の魂に、サキが近づかないように、注意してやることもできただろうに。」
「もし、スナクフ様がすべてを話せば、サキ様はミタマ様の魂の力を意識することになり、ブランがもたらす影響を、より強く受ける事になっていたでしょう。まだ未熟なサキ様では、行動すべてをブランに操られてしまう恐れもあったのです。しかし、ブランの力は、すでにサキ様やその周囲の人々にもおよんでおりましたから、スナクフ様は、たとえサキ様を一時的にお守りできたとしても、いずれブランの力が上回ってサキ様を操ってしまうだろうと予見されて、サキ様の魔法使いとしての資質の高さを信じて、因縁のあるこの問題の解決を、サキ様自身に委ねようとなさったのです。」
「ミタマ様は、サキを自分のところに来させようとしているようだけど、それはなぜなんだい?」
「分かりません。スナクフ様は、その点を詳しく教えては下さらなかったのです。」
「スナクフ様は、王様を暗殺する計画を立てていたのか?」
ダンケルのこの質問には、さすがのベレーズも声を荒げて、
「スナクフ様が、どんなにアモス王に忠誠を誓い、また心から慕っておいでだったか、私はそばで見ていてよく存じております。魔法庁の内部に、革命の動きがあることは、スナクフ様も察知して、警戒はしていたのです。しかし、多勢に無勢で、スナクフ様の力では、どうにも抑えようがなかったのです。せめて、暗殺未遂などという濡れ衣を着せられても、アモス王には、スナクフ様の忠心を信じて頂きたかったのですが、それもかなわず…。」と、自分のリボンを噛んでくやしがりました。
ダンケルは、
「分かった、悪かったよ。俺も、スナクフ様がフラトで魔法使いの地位を認めさせたってことを、誇りにしていたんだ。だから、これからもスナクフ様を信じるよ。」
と、ベレーズに味方するように言いました。


つづく
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今日は、オリジナルのファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、第13章・第2話を書き進めてみたので、ご紹介します。

前回までのあらすじ
サキを追ってナーグリアの国境までやって来たダンケルとマイネですが、ナーグリアでは魔法使いを入国させないために、国境の警備を厳重にしていたので、関所に近付くこともできずに追い返されてしまうのでした。


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魔法使いサキの物語
第13章・第2話「帽子の小箱、ひらく。」

イストパ(フラトやナーグリアを含む、ゴンドラ大陸東端の地域の総称)からシンギ半島に渡るには、ナーグリアのサドゥから出航する交易船に乗るほかに、ナーグリアを西へ横断して、サランダムから陸路で南下する方法もありました。しかし、いずれにしても、ナーグリアには入国しなければいけないので、二人は何か良い手立てがないか、考えてみる事にしました。
「ナーグリアが、審問官のしもべの魔法使いたちも例外視せずに追い出してくれたら、楽なんだけどなぁ。」
マイネがぼやくと、ダンケルは、
「そこがナーグリアの巧妙な所さ。普通の人間が束になっても、一人の魔法使いをとっつかまえることさえ難しいからな。審問官は手下の魔法使いたちに、身の安全と仕事を保障する代わりに、家族を人質に取って、魔法使いが裏切ったり逃げ出したりしないようにしているそうだ。」
「サキはどうしたろうね。ナーグリアに入国できて、交易船に乗れただろうか。」
「あいつがここにたどり着いた頃は、まだ国境の警備もそれほど厳しくなかっただろうから、案外すんなり交易船に乗れて、今は優雅な船旅の最中ってとこかもな。」
「交易船がサドゥに帰港するのは二ヶ月後だろう。サキを追う任務も、これでお手上げだね。」
「他人のことより、とりあえず自分たちの身の振り方を考えようや。」
マイネは、馬に負わせた荷から、地図を取り出して、それを地面に広げながら、
「交易船が戻ってくるまで、この辺で野宿して待つのが妥当だろうけど、その頃には、魔法使いへの取り締まりもますます厳しくなっているだろうから、どうだろう。交易船に乗らないで、シンギ半島に渡る方法として、夜中に、小舟を漕いで海岸沿いを移動して、サランダムを目指すっていうのは?」
と提案しました。
「無理だな。シンギ湾の海流は海岸沿いでもとても強い。陸から気付かれない程度に沖に出なければいけない事も考えると、魔法で波を操れでもしない限り、ぐんぐん東に流されちまう。」
「じゃあ、ナーグリアの北側の海岸に出て、小舟でサランダムを目指す、というルートは?」
「ずいぶん遠回りになるが、穏やかな内海だし、陸は山地続きで途中に大した要衝もないから、小舟でかなり沖を通って旅する分には安全かもな。」
「じゃあ、ナーグリアの北の海を通って、気長にサランダムを目指すって事で、決定だね。」
マイネがそう言って地図をたたもうとすると、「とんでもない!」というかん高い声がしたので、マイネはまた地図を広げながら、「他に妙案があるの?」とダンケルを見上げました。
ところが、ダンケルは、馬に結わえた荷袋が、ごそごそ動いているのを無言で指さしただけでした。
マイネが荷袋をのぞいてみると、あのスナクフから預かった、サキの帽子のトミーが入っている小箱が、ふたを開けたり閉めたりして、袋の中であばれていました。
マイネが小箱を取り出して、「お前さんには悪いけど、僕らはサキを追うのはあきらめたよ。」と話しかけると、小箱のふたが勢いよく開いて、中の帽子が、「考え直していただきます!今すぐに!」と叫びました。
マイネが驚いたのは、それが、テトで見た三角帽子のトミーとは似ても似つかない、リボンのついた桃色の女性用の丸い帽子だったからです。
「お前は誰だい?トミーはどこへ行ったんだい?」
マイネがたずねると、桃色の帽子は、「私はスナクフ様の帽子で、ベレーズと申します。まことに申しあげにくいのですが、この小箱は、サキ様の小箱とよく似ておりますが、全くの別物で、実際はスナクフ様のものです。そして、トミー様が入った小箱は、今でもサキ様が大切にお持ちになっているはずです。」
と、おどおどしながら、早口で答えました。
ダンケルがマイネから小箱を取りあげて、中から帽子をつまみ出すと、「なんだと!じゃあ、スナクフ様は、サキが忘れ物をしたなんて、俺たちをだまして、こんなところまで、サキを追わせたってのか!?」と、今にも帽子を引き裂かんばかりの剣幕でどなりました。
ベレーズは、小箱から出されるとすぐに、人がかぶれるくらいの大きさに広がりました、そして、あまりのダンケルの怒りように、がたがた震えながら、
「さ、さ、左様にございます!しかし、これもひとえに、スナクフ様の、深謀遠慮の為せる業にございます!なにとぞ、このような、役目を、お二方に負わせた事情について、私に説明の機会をお与え下さいますように、平に、平に、お願い申し上げます!」
と、切れ切れの哀れな声で頼みました。

つづく

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オリジナルのファンタジー小説、『魔法使いサキの物語』の、第13章・第1話を書き進めたので、ご紹介します。
この物語は、久しぶりの更新です。

第13章では、フラトの魔法庁からサキを追う任務で派遣されたダンケルとマイネの、その後の様子を書いていきます。
フラトで魔法使いたちによる革命が起きたため、彼らは役人としての職務を失った形となり、現在は、サキの捜索をなかばあきらめて、故郷のシンギ半島に帰ることを一番の目的に旅を続けています。



魔法使いサキの物語

第13章・第1話「革命の余波」

フラトの王、アモスの決定により、フラトにいる魔法使いは全員、国外追放を命じられることになりましたが、その後、魔法使いたちが起こした反乱により、フラトの都テトはあっけなく陥落し、アモスはわずかな手兵に守られながら、かろうじて近郊の都市バライへ逃げのびる事となりました。
フラト全土の魔法使いは、革命が成功した事を知ると、多くの者が革命軍に加わるためにテトの都を目指し、すでに国外に追いやられていた人々も、いっせいに進路を反転させて、もと来た道をフラトへ向けて戻りはじめました。
西の大国ナーグリアでは、国外追放となったフラトの魔法使いが、難民として大挙して押し寄せる事を警戒して、東の国境を封鎖し、フラト側からの入国を一切受け入れないという対策を整えていましたが、大半の魔法使いは、ナーグリアに至る前に、フラトに引き返し始めたので、ナーグリアの国境を訪れたのは、革命の混乱に巻き込まれることを恐れた魔法使いたちと、革命が起きた事をまだ知らない魔法使いたちの、二通りに限られる事となりました。
革命には加わらない事にした魔法庁の元役人、ダンケルとマイネも、それぞれの故郷があるシンギ半島を目指して、ナーグリアの国境にやって来ていました。
魔法庁の役人だった頃の彼らの目的は、サキの忘れ物である帽子のトミーが入った小箱を、サキのもとに届ける事でしたが、それを依頼した魔法長官のスナクフが失脚し、革命に加われという魔法庁の元技師長ヘブの誘いも断った今では、目的と呼べるほど重要なことではなくなってしまっていました。
「ナーグリアではサキを探したりせず、さっさと港へ行ってシンギ半島に渡ってしまうのが賢明だろうね。どうも、フラトの混乱の影響は、フラトだけにとどまらない気がするもの。」
馬に乗ったマイネが言うと、
「革命なんて大それたことをすりゃあ、どこの国も、一層厳しく魔法使いを締め出すようになるだろうからな。」
と、荷を背負って横を歩くダンケルが答えました。
すると、鋭く風を切る音がして、マイネの馬の足元に、何か細長い物が突き立ちました。歩みを止めてよく見ると、棒の上部に灰色の羽が取り付けてあったので、矢だという事が分かりました。
飛んできたのは、ナーグリアとの国境の方角のようです。しかし、まだ国境の関所など見えないので、どこから射て来たのかは、わかりませんでした。
二人はすぐに、きびすを返して、もと来た方向に走りはじめました。矢を射たのは、かなり腕の立つ魔法使いで、二人を射抜かなかったのは、もしその場を立ち去らなければ、今度は命中させる、という警告だと思ったからです。
半時間ほど走ってから、二人はやっと歩調を緩めました。
「一矢目で命中させないところが、魔法使い同士の仁義ってとこだろうか。」
マイネがふり返らずに言いました。
「まだそれほど、フラトからの難民がナーグリアに押しかけていないって事だろう。人数が多くなれば、警告なんて悠長なこともしてられなくなるさ。」
ダンケルは呼吸を整えながら、やっぱり振り向かずに答えました。

つづく


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【長編ファンタジー】 魔法使いサキの物語|Kobitoのお絵描きブログ 6.1037.1028.1024.1021.1004.998.983.976.975.970