きょうは、天使のイラストを描いてみたので、ご紹介します。
絵のタイトルは、『鏡に見とれる天使』です。

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二本の円柱の上に天使が座って、手鏡に映った自分の顔に、うっとりと見とれています。
この天使は、きっと女の子でしょうね。
最初は男の子のつもりで描いていたんですが、この目の陶酔的な輝きや、他のものが目に入っていない様子などから、どうやら女の子らしいぞ、と途中から思うようになったわけです。
男性と女性では、惚れた相手を見る時の目つきに、違いがあるようです。


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二人の天使がやすらかに
より添っているのは
真っ白ふわふわの
雲の上?
それとも
きれいに咲いた
野ばらの中?
それとも
あなたの
夢みる
心のどこか?


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先日下絵を公開した天使のイラスト、『天使と子犬』の色塗りが完成しました。
湧いてきたイメージの通りに塗ったら、黄色が主体の配色になりました。
ペン入れはタチカワの万年筆・スクールGセピアで行ない、色は色鉛筆で塗っています。

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ほのぼのした童話のワンシーンの雰囲気を出そうと思ったんですが、そんな風に感じられるかな?
子犬と天使の間には、相手に対する信頼がありますね。
お互いに、良い影響を与え合える、そんな関係だと思います。



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新しく、天使のイラストを描きはじめたので、その下絵を、ご紹介します。
絵のタイトルは、『子犬と天使』です。

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まだ、鉛筆による線画の状態ですが、ほとんど完成していると言っていい、すっきりとしたまとまりのある構図で描けました。
子犬の大きさと、天使の大きさが同じくらい、という事は、天使がすごく小さいのか、子犬がすごく大きいのかの、どちらかですね。
いったい、天使は子犬に、何と話しかけているのでしょう?



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きょうは、気晴らしに、天使のイラストを描いてみました。
タイトルは、『下界を見おろす天使たち』です。
天使を描くと、やっぱり気持ちが落ち着きます。

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天使といえば、金髪の白人というイメージがありますが、黒人の天使や、アジア人の天使が居たって、ちっともおかしくはありません。
私にとって、天使は、宗教観とか、生死観とかにとらわれない存在です。
無垢な心、善良な心、いたわりの心といった、心そのものの化身なんです。

さて、この天使たちは、下界に何を見つけたんでしょう?
なんだか、とても良い事のようですね。
こんな事じゃないかな、と、あなた自身で、想像してみてください。
それが、天使たちの喜びそうな事だったら、きっとそれですよ。


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私は一人の友をなくしました。
その人は、とても純朴で、正直な人でした。
その人には、他の多くの人が私に見せる、要求も、無視も、駆け引きも、思わせぶりな態度も、ありませんでした。
ただ、人を助けたいと願い、綺麗なものが見たいと願っている、優しくて心の温かな、私にはもったいないくらいの友人でした。
私はこれまでの人生の中で、色んな人に出会いましたが、私というやっかいな人間を、気安く受け入れて、辛抱強く受け止めてくれる心の広さを持っていたのは、この人と、もう一人の友人の、二人だけでした。
世の中を渡って行く勇気というのは、自分が許される経験をどれだけ積めているかで、その総量が変わって来ると思いますが、二人は私に、たぶん一生分の勇気を、与えてくれたと思います。それは、世の中には信じられる人がいるという、安心感です。
私も、ほんの少しでも、彼らのように、誰かを助けることができたなら、そう思って、努力を続けている所です。
私の友人が、どんな人だったか、イメージしやすいように、イラストを描いてみたので、見て下さい。
たぶん、その人の心の中には、こんな天使が居たんだと思います。

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【美しい木を見て感心してる天使】




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 先日、天使のイラスト、『楽しい水浴び』を公開しましたが、きょうは、そのイラストから想を得た、短編の童話が書けたので、ご紹介します。

私の童話は、幼稚園くらいの子どもでも楽しめる分かりやすい内容が多いんですが、漢字はひらがなに開くことなく使用しています。これは、宮沢賢治が、漢字や難しい言葉をどんどん使って、自分の表現したい世界を書き表しているのに共感してのことです。

とはいえ、幼い子どもにも読んでほしいので、もし、気に入った童話があれば、大人がそばにいて読み聞かせてあげて下さい。
子どもにとって難しい言葉は、やさしくかみくだいて説明をしてあげて下さい。
そういうやりとりも、読み聞かせの楽しさになるのではないかなと思います。


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楽しい水浴び

暑い暑い夏の日、空を見あげると、びっくりするくらい立派な雲の山が、そびえ立っていることがあるでしょう。
今日は、その雲の山で起きたことを、お話しします。
雲の山は、産着みたいにまっ白で、とてもやわらかいので、昔から、天使たちのかっこうの遊び場になっているのですが、その、まっ白な山のてっぺんで、昨日、ちょろちょろわき水がしみ出して、丸くてかわいらしい泉ができました。そして、最初にそれを見つけたのは、三人の天使の兄弟でした。
この兄弟は、さっきまで、象やきりんの形を、雲でこしらえて遊んでいたのですが、お日さまがあんまり近くで照らすので、むし暑くなって、涼める場所を探していたのです。ですから、こんな冷たそうな泉は、ちょうどおあつらえ向きでした。
上の二人の天使は、双子だったので、まずはいっしょに泉の中に手を入れてみて、
「冷たいね。」
「うん、冷たい。」
と言いました。
すると、末っ子のまだ言葉もしゃべれない、赤ちゃんの天使も、手を入れてみて、
「アッパイ!」
と言いました。
「だけど、小さい泉だから、一人しか入れそうにないね。」
「じゃあ、赤ちゃんの天使を、先に入れてやろう。」
赤ちゃんの天使は、お兄さんの天使たちに抱えられて、丸い泉のまん中に、座らされました。
泉は、赤ちゃんの天使の、おへそのくらいの深さしかありませんでした。
そこで、お兄さんの天使たちは、水をすくっては、赤ちゃんの天使の背中から、交互にかけてやりました。
赤ちゃんの天使は、うれしそうに、泉の水をバチャバチャ叩いて、しぶきを二人の方に飛ばしました。
「冷たいなあ!」
「うん、冷たい!」
お兄さんの天使たちは、すっかりびしょ濡れになりながら、赤ちゃんの天使の、羽の生えた背中に、水をかけつづけました。
赤ちゃんの天使も、それを見て、ますますうれしそうに、
「アッパイ!」と言いながら、二人のお兄さんに、水をかけ続けました。
しまいには、泉の水が、すっかりなくなって、赤ちゃんの天使が、くぼみの中にきょとんと坐っているだけになりました。
「面白かったね。」
「また、泉が湧いたらいいね。」
お兄さんの天使たちは、そう言うと、両方から、赤ちゃんの天使と手をつないで、天上のお家の方へ、空を飛んで帰りはじめました。
赤ちゃんの天使は、まだ遊びたそうに、雲の山をふり返りました。すると、雲の山は、いつの間にかこはく色に染まって、だんだんに形を変えながら、どこかへ流れて行くようでした。
ですから、明日は、きっと別の雲の山で、泉を探す三人の天使の姿が見られるだろうと、私はつくづく思うのです。

おしまい
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天使のイラスト『楽しい水浴び』が完成しました。
色鉛筆と、セピア色の万年筆で彩色しました。

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固有色(物が持つ実際の色)を塗るのではなくて、目に浮かんだ色を塗るという方法で彩色しています。
鉛筆による下描きをじっと見ていると、私の目には、こういう配色が見えて来るんです。
色鉛筆は、使いたい色がすぐに塗れるという点で、とても便利な画材ですが、光に弱く、色あせが早いので、数年~十数年で描いた当初の鮮やかさが失われてしまいます。
だから、この絵も、数年~十数年後には、色が退色して、スキャナで読み取った画像でしか元の色彩を確認できなくなります。
油絵の具のように、何百年も色が保てる色鉛筆が開発されるといいんですが・・・。



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 暑い日が続きますね。私のように、家で冷房を使わない人は、扇風機で室内の風通しを良くして、こまめに水分補給をして、熱中症にならないように気を付けましょう。
さて、きょうは、久しぶりに、天使のイラストを描きはじめたので、その下絵をご紹介します。
イラストのタイトルは、『楽しい水浴び』です。

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絵の中の水辺を見るだけでも、けっこう涼やかな気分になれますね。
それに、水辺で遊ぶ子供たちのはしゃぎ声は、想像するだけで私に元気を与えてくれます。
この鉛筆の下描きの味わいを残すように、セピア色の万年筆でペン入れできたらいいな、と考えています。
天使の描き方が、だいぶ様になって来たようにも思いますが、まだ出来栄えが日によってまちまちなので、良い線がいつも引けるようになりたいです。



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 天使の絵を描いたり、天使の童話を書いたりするのが、私は好きです。
どうして天使で創作するのが好きなのか、その理由に、今日気が付きました。
私は、天使をかくことで、自分を癒していたんです。
悲しいことや、くやしいことがあって、心がくさくさした時、天使の創作に集中すると、気持ちを落ち着かせることができるんです。
「天使たちは何を言ってるんだろう、何を考えているんだろう」と、天使の純な言葉や気持ちを想像するうちに、心のくもりがきれいに洗い流されて、すっきりするのだろうと思います。
この絵も、そんな風にして描きました。
描きながら、「お釈迦(しゃか)様が喜ぶような絵にしたい」、とも考えました。

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お釈迦様を喜ばせるためには、邪心を払わないといけません。元来よこしまな私は、そうとう注意しないと、それが絵に出てしまうので、かなりの集中力で、絵を描き進めなければなりません。
そうやって、集中しているうちに、心の大部分を占めていた悲しかった出来事や、くやしかった出来事が一時的に小さくなり、絵が描き上がる頃には、ずいぶん心が軽くなっている、という状態にできるのだろうと思います。

私は無宗教です。では、なぜお釈迦様が喜ぶ絵を描こうとするのか。それは、誰か身近な人を思い出して、その人にプレゼントすることを考えながら描いてもいいんですが、絵に雑念が出ていないかを確認しながら描き進めるためには、お釈迦様のような高潔なイメージのある人に贈ることを想定して描いた方が、より注意深く絵の出来栄えをチェックできるからです。

そして、そういう誠実な気持ちを込めて描かれた絵だという事は、事情を知らずに絵を見た人にも、なんとなく伝わるものだと思います。
そういう気持ちを込めて描かれた絵に、癒される人も多いと思うので、私は天使の絵を描くのが好きです。



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天使のイラスト&童話|Kobitoのお絵描きブログ 34.1000.979.931.929.925.922.888.885.881.819