子供の頃、家の近所の絵画教室に毎週一回通っていて、そこでクレヨンと水彩絵の具を使った絵を描いていました。

放任主義の教室だったので、ほとんどの時間、棚に並んでいるドラえもんの単行本を読みふけって過ごすという、極めて不真面目な生徒でしたが、あの教室で、自分がどういう絵が好きなのかという、基本的な感覚を教えてもらえたと、今考えると思います。
私はその女先生の絵がきれい事過ぎてあまり好きではなかったし、私の描いた絵に先生が手を加える事にも強い抵抗感を覚えました。
私には、あのほとんど絵の知識も技術もなかった生徒だった当時から、私の好きな画風というものが、確かにあったようなのです。

クレヨンというのは、独特な画材です。
発色が極めて良い代わりに、美しく混色する事が難しい。描いた後で修正が利かない。水をはじくので、水彩絵の具を塗り重ねても、重ね塗りができない。

これらの特性のうち、発色が良い、というのと、水をはじく、という性質は、上手く使うととても効果的に作品の中で生かす事ができます。

それを、今回久しぶりにクレヨンを使って絵を描いてみて、再認識しました。

花火をモチーフにした、半抽象的な絵です。

img2-288s-.jpg


クレヨンの白を上手く使って、色を乗せたくない部分をカバーしてやると、後で水彩絵の具を塗るときに、きれいにその部分の白色を残す事ができます。
この技法が使えるという点だけでも、画材としてかなり魅力的です。
これからは、イラストを描くときに、クレヨンも積極的に用いてみようと思います。





拍手ボタン
ちょっとすねてしまった私の心境を、絵に描いてみました。


img2-261s-.jpg



私みたいに、短気で気弱でこだわりが強くて人間不信な人が、他人を励ますっていうのは、けっこう勇気と根気のいる事なのです。
だから、その励ましがたいして大事に思われていなかったり、不満に思われていると分かると、普通の人以上に傷ついてしまいます。
私にとって、「普通の人」というのは、本当に得体のしれないほど怖い人たちです。
だって、どんなにこちらが気を使っても、ほんの些細なことが気に入らないというだけで、きまって無視をするでしょう。
そういう人から無視されないように会話を継続するなんて、まるで四六時中綱渡りをさせられているようで、くたびれることこの上ないです。
私は誰も傷つけたくないし、誰からも変人扱いされたくありません。

近頃ストレスがたまっているので、愚痴を書いて発散させてもらいました。
ちょっとさっぱりしました。


拍手ボタン
絵が描きたいけれど、何を描くかを決めて描くのはちょっと面倒、という気持ちになったので、白い紙に気ままに色だけ塗ってみる事にしました。(最近は、彩色に固形の水彩絵の具を使っています。色がずらっと並んだ、パレットみたいなのです。毎回絵の具をひねり出す手間がかからないので、とても便利です。)

完成した絵は、見ようによっては風景のようにも思えるけれど、どこかで見た景色の記憶を、無意識に再現したのかな。


img2-257.jpg


何だかよく分からない絵だけど、自分的には、好きな絵です。









拍手ボタン
 絵を描くときに、画板やキャンバスを立てかける三脚を、『イーゼル』といいます。
今日は、そのイーゼルの絵を描いてみました。

img2-017c.jpg

このイーゼルの上に、他の絵の画像を重ねることで、『イーゼルに絵が掛けられている』感じの画像を作ることができます。
このイーゼルの絵は版権フリーの素材として提供するので、気に入られた方はご自由に使用して下さい。(画像をクリックすると大きめの画像が表示されます。)

いずれ、私も自分の『絵』を掛けた画像を作る予定です。


拍手ボタン
 子供の絵、特に、幼児期に描かれた絵というのは、大人が描いた絵にはない独特の雰囲気があります。
自由で、大らかで、常識にとらわれない奔放さが魅力だと思います。

パブロ・ピカソは、デッサン力の優れた画家として知られていますが、晩年、幼児画の魅力に惹かれて、技術を重視しない『子供のような絵』を描くようになりました。

この試みは、当時評論家からこっぴどくけなされましたし、現在でも、彼の膨大な作品群の中では、一段低く評価されているような気がします。

ただ、この時期にピカソが描いた絵に、励まされている描き手は、私も含めてけっこう多いのではないかと思います。

下の絵は、私なりに幼児画の雰囲気を出そうと努めて描いた絵です。


img787cs-.jpg

タイトルは、『子供』です。
テーマを決めずに自由に描いているうちに、微笑んでいる子供の顔に思えたので、こういうタイトルを付けました。
ハガキサイズのケントボードに、色鉛筆で彩色してあります。

ピカソは、「本能的に、そして無意識に、私は絵のために絵を描く。」と語っています。
それは、子供が絵を描くときの理由と同じですし、だからこそ、ピカソは子供の絵に強く共感できたのだと思います。

私も、そこまで自然体で、自由な気持ちで絵が描けるようになりたいな、と願っています。



拍手ボタン
 抽象画(ちゅうしょうが)、という言葉を、聞いたことがありますか?
何が描いてあるのかが分かりやすい絵を具象画(ぐしょうが)というのに対して、感情や心に受けた印象といった感覚的なものを絵にしたのが抽象画です。

ピカソ、ミロ、カンディンスキーなどが、代表的な抽象画家です。

抽象画を見ても楽しめない人は、「意味が分からない」という人が多いですが、抽象画は色、形、構図を見て楽しむものなので、意味を考えるよりも、自分の好みに合う色、形、構図かどうかで、単純に好きか嫌いかを判断するのが良いと思います。

私も、10代の頃は、抽象画の良さが分からずに、「誰にでも描けそうな絵だな。」と思っていましたが、実際に自分が描くようになると、鑑賞するに値する美しさを、抽象画で表すのはとても難しい事だと気が付きました。

極端な話、白いキャンバスに、一本の線を引くだけでも、美的な味わいが出せるのが、プロの技だと思います。


img702cs-.jpg

この絵は、はがきサイズのケントボードに、私が色鉛筆で描いた抽象画で、タイトルは『明るい月夜』といいます。
最初から、月夜をイメージしたのではなくて、色も形も自由に描いて、完成した絵の左上に、半月のような形が描かれていたので、それを生かしたタイトルを付けました。

気が短い私には、こういう即興的な画風が合っているようにも思います。もっと上手に描けるように、また折を見てチャレンジしてみたいです。




拍手ボタン
 今日は、『お絵描きをする子供』というタイトルのイラストを描いてみたので、ご紹介します。
鉛筆の下絵に、色鉛筆で彩色してあります。

img547cs-.jpg

子供のころ、親からお絵描き帳を買ってもらった、という人は、けっこう多いのではないでしょうか。
大人になると、自分が当時、いったいどんなものを描いていたのか、思い出せないものですが、たぶん、そんなに込み入ったものは、描いていなかっただろうと思います。
この子も、楽しそうに、自分の世界で遊んでいます。

お絵描きというのは、落書きの延長であり、遊びなのです。

拍手ボタン
 皆さんは、子供の描いた絵を見て、上手だな、という印象とは違う、素朴な味わいの良さを感じたことがありませんか?

子供の描いた絵を、児童画(じどうが)、と呼ぶのですが、私は技術的に洗練された絵よりも、児童画のような、未完成の絵に、より魅力を感じます。

子供だけでなく、絵を描くのがすごく苦手だという大人も、児童画と同じ印象の絵を描くことができます。


img382c,cut,c3s

これは、なるべく児童画風になるように、気を付けながら描いた、最近の私の絵です。

葉っぱに乗って、川下りをしている、小さな妖精たちの絵です。

私の弟が、小学生の時に、「ひまわりとてんとう虫」という絵を描いたんですが、やっぱり上手というより、元気で生き生きとした、とても魅力のある絵でした。

そういう絵が、私も描きたいなと、今でも願っています。


にほんブログ村 イラストブログへ

拍手ボタン
風景画、静物画、抽象画、その他のイラスト|Kobitoのお絵描きブログ 32.1040.1019.1015.807.625.597.495.434